2007/09/12

切り株

列王記下 第25章

 バビロンの王ネブカドネツァルは、捕囚として連れ去ったヨヤキンの代わりに、その叔父マッタンヤをゼデキヤと改名してユダを治めさせた。神は、ご自身の名をもって呼ばれるこの都を守るために、御使いを遣わしてイスラエルに、神の前に遜ってこのバビロンの支配に服するように再三説得をされた。また、バビロンの王もゼデキヤに服従を誓わせたのだったが、彼は神に立ち帰らず、後に心を頑なにして、返って反逆に転じた。そこで、彼の治世第9年にネブカドネツァルは、全軍を率いて再びエルサレムに攻めてきた。彼は都を包囲し、その周りに塁を築いた。都の城壁は堅固であったが、ついに内部の食料が尽き、王と戦士たちはカルデヤ人が包囲する中、夜中に門から逃げ出した。カルデヤ軍は王の後を追い、エリコの荒れ地で追いつき、軍隊は散りじりにされ、王は捕らえられた。その後、都エルサレムでは、主の神殿、王宮を含め、すべての建物が焼き払われ、城壁は取り壊され、民衆も貧しい民の一部を除いて、捕囚とされてバビロンへ連れ去られた。
 バビロンの王ネブカドネツァルは、残された民の上に、シャファンの孫でアヒカムの子であるゲダルヤを総督として立て、ユダの地を治めさせた。しかしその後、彼は王族の一人とその一味に暗殺されてしまった。そのとき彼らは、共にいたカルデヤ人をも殺したので、復讐を恐れた民たちはエジプトに逃れようと自らエルサレムを出て行った。こうして捕囚を免れてユダに残っていた人々も、ついに自分の土地を追われて流浪の民となってしまったのだった。
 イスラエル民族は、神から見捨てられ、ついにすべてを無くしてしまった。持ち物や住む家、祖国、そして言語を含む文化のすべてが失われてしまったのである。彼らは、何のために神に選ばれたのか。神が裁きのために立てられた器ネブカドネツァルにまで反抗して、自ら破滅するとは。彼らは、理性のない民であり、他の民族と比べて、別段に取り柄があるわけではなかったのか。いま、彼らはひどく打ち砕かれて、もはやどのようにも立ち直ることはできないように見える。
 ああしかし、今は地の塵に等しいような彼らイスラエル民族に残された切り株に、やがて緑の芽が生え出でる。なぜそのようなことが起こるのか。その要因は、実は彼らイスラエル民族の弱さであり、主体性の無さであり、貪欲さであり、協調性のなさであり、その他いろいろなものなのである。そうとしか考えられないし、それ以外には原因は想定できない。しかし百歩譲って、もしそうなら、それを一言で言えば、『神にすべての栄光が帰されるため』なのだろう。そう、それゆえに彼らは、神から選ばれた聖なる民族なのであり、その神の命によって歴史の中に再び芽を吹き、死んでいた言葉、発音さえ完全に忘れ去られた彼らの国語が実際に復活し、第二次大戦後に、神によって世界から一人一人呼び集められ、幻のイスラエル国家が復興するのである。

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信仰の冬

列王記下 第24章

 名王ヨシヤが戦死し、その後を次いだ息子のヨアハズは、先祖たちのように主の目に悪とされることをことごとく行った。ヨシヤを打ち破ったエジプトの王ネコは、ヨアハズをハマトの地リブラに幽閉し、その代わりにヨシヤのもう一人の子エルヤキムの名をヨヤキムと改名させてユダを治めさせた。ヨアハズはその後、エジプトへ連れて行かれ、そこで死んだ。
 ヨヤキムの治世に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上ってきて、ユダを支配下に入れた。彼は、主がユダを裁くために特別に起こされた器であった。神はユダに預言者を送り、繰り返しご自分の民に、神の前に遜り、この裁きの器に服するように説得された。それは、これまでのイスラエルの歴史の中で積み上げられてきた神の憤りを鎮めるためには、その方法と共に相応の時間が必要だったからである。というのも、神と人との関係は、双方向のものであり、神の方が一方的に民の罪を赦すだけでは、関係の回復は実現しない。むしろ民の方にこそ、罪の認識と真の悔い改めが必要なのであり、それによらずには、神から差し出された赦しを受け取ることもできないのだ。したがって、ここで神が設定された喪の期間を経ずしては、イスラエルに真の悔い改めがもたらされることもなく、彼らが神に立ち帰ることも不可能だったのである。
 ヨヤキムは三年間バビロンの王ネブカドネツァルに服従したが、その後、彼の心は返って頑なになり反逆を始めた。神は、ユダを滅ぼすために、カルデヤ人、アラム人、モアブ人、アンモン人の部隊を差し向けられた。それは、マナセの行ったすべての罪のためでもあり、主はそれを赦そうとはされなかった。
 ヨヤキムは、十一年ユダを治めて、その子ヨヤキンに王位を譲った。しかし彼も神の前に悪を行い続け、ついにバビロンの王ネブカドネツァルにエルサレムを占領されるに至った。ネブカドネツァルは、神の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。彼は、ヨヤキン王と共に、エルサレムのすべての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、それにすべての職人と鍛冶を捕囚としてバビロンに連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった。
 神は、このようにイスラエルからすべてを取り上げられた。かつての歴代の王の栄華は、このとき跡形もなく消え去り、神はご自分の民を御前から投げ捨てられたのであった。しかし、神がイスラエルから奪い去られた最大のものは礼拝である。彼らには、もはや礼拝を捧げるための場所もなく、祭具もなく、祭司もいない。彼ら自身も遠い異境の地に連れ去られて来てしまい、エルサレムの方角さえ分からなってしまった。そのような中で、彼らには70年という気の遠くなるような捕囚の時が課されるのである。それは、祭儀が一切行われない暗黒の時であった。しかし、それは神が、彼らに本当の礼拝、心の中の神殿、神が律法を書き込まれる魂の育成を目指した、信仰の春を待つ期間だったのだろう。

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2007/09/08

献身と勝利

列王記下 第23章

 ヨシヤ王は、ユダとエルサレムのすべての長老を自分のもとに集め、彼らと共に神殿に上り、主の神殿で見つかった契約の書のすべての言葉を彼らに読み聞かせた。それから王は、主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この書に記されている契約の言葉を実行することを民と共に神の前に誓った。ヨシヤはまた口寄せ、霊媒、テラフィム、偶像、ユダの地とエルサレムに見られる憎むべきものを一掃した。こうして彼は、祭司ヒルキヤが主の神殿で見つけた書に記されている律法の言葉を実行した。彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にも彼の後にもいなかった。しかし、彼の祖父マナセの引き起こした主のすべての憤りのために、主はユダに向かって燃え上がったご自身の激しい怒りの炎を収めようとはなさらなかった。主は言われた、「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う」。
 ヨシヤは、彼にできるすべての良いことを実行した。しかし、それでも神は燃える怒りを静めようとをされなかった。ヨシヤはその後、エジプトから攻めてきた王ネコと戦い、戦死してしまう。彼は、その成したすべての良き業の報いを受けることがなかった。彼の成した良き業は、神の前にすべて忘れ去られてしまったのだろうか。
 いやそうではないだろう。ヨシヤは、確かに良き業を多く行った。しかし、それによって彼が神から義とされることはできない。神の基準は、限りなく高く、人には遥かに届かないところにあるのだ。それに到達するためには、主イエスを信じ受け入れる以外にない。彼だけが、神に義とされた人であり、神は彼を信じる者をも彼ゆえに義と認めてくださるのだ。
 イスラエル中にすべての善きことを成し遂げたヨシヤは、さらに神に良しとされることを探し求めた。彼は、エジプトからアッシリアに向かうエジプト王ネコを見つけ、戦いを挑んだ。彼は、次に行うことは、敵を打ち破って誉を得ることだと思ったのだろう。しかしそれは今は神の御心ではなかった。彼は、歴代の王が敵を打ち破って誉を得たことを知っていた。そして、すべての良いことを成し遂げた今、神は自分の前にすべての敵を打ち破って下さると思った。しかし、神はイスラエルに対する燃える怒りを静められていなかった。彼は、神が自分と共におられると錯覚し、強大な敵に戦いを挑んでしまったのだった。私たちは、このことを良く認識する必要がある。つまり、ダビデや歴代の勇士たちが敵と戦い、神が彼らの前にすべての敵を打ち破られたのは、ただただ、それが神のご計画であったということである。私たちも今、神に心から従い、この町を、市を、県を、国を主のために勝ち取りたいと願っている。しかし、私たちはまず、神のご計画を心に示していただくことが必要なのだ。それなくしては、どのような献身をもってしても、この日本を主のために勝ち取ることはできないのだ。

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永遠の決断

列王記下 第22章

 ヒゼキヤの孫アモンの治世は2年しか続かなかった。彼は、家臣たちの謀反によって殺されてしまった。しかしユダの国民がその家臣たちを制圧し、アモンの8歳の子ヨシヤをユダの王とした。彼は、主の目にかなう正しいことを行い、右にも左にもそれなかった。ヨシヤは、書記官シャファンにより大祭司ヒルキヤに、神殿に納められる献金により、主の神殿の修理をきちんと行うように命じた。
 そのとき大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」といった。ヒルキヤがその書をシャファンに渡し、シャファンは王のもとに来て報告し、王の前でそれを読み上げた。王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いて言った、「この見つかった書の言葉について、わたしのため、民のため、ユダ全体のために、主の御旨を尋ねに行け。我々の先祖がこの書の言葉に耳を傾けず、我々についてそこに記されたとおりにすべての事を行わなかったために、我々に向かって燃え上がった主の怒りは激しいからだ」。祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャファン、アサヤが女預言者フルダのもとに行き、御旨を尋ねると、主は彼らの罪のゆえに、その律法の書に書かれている災いを下されると告げられた。しかしヨシヤについては、自分たちの罪のために心を痛め、主の前にへりくだり、衣を裂き、泣いたので、主はその願いを聞きいれ、ヨシヤの尊命中は、災いが下されることはないと言われた。
 ヨシヤは、神の恐ろしい怒りが下らない先に、自分たちの罪の深さ、恐ろしさを悟ったのであった。書記官シャファンは、祭司ヒルキヤが神殿で見つけた律法の書を自ら読んだが、それは自分とは関係の無いものであるように思った。しかしその同じ書がヨシヤの前で読み上げられたとき、彼にはそれが恐ろしいものであることが分かった。今日でも、聖書が読まれるときに、もしその人が、ヨシヤのように神を畏れる人ならば、その人は、聖書の言葉に驚愕することだろう。
 神は、ヨシヤが御前にへりくだったのをご覧になり、彼がまだ良いことをしないうちに、彼の願いを聞かれたのであった。神は、今日でも、御前にへりくだる者の願いを聞かれるのである。そして、その者がまだ主に従順に歩まない先に、彼を祝福し、彼を助けることを始められるのである。それは、神が全能であり、すべての人の心の奥にあることを知っておられるからである。
 「神は、人と時を同等に造られたゆえに、人は未来を知ることができない」とソロモンは語った。しかし神は、人が御前にどのように生きるかを前もって知っておられる。神は、時を越えておられるからである。それでは、人は神の前に無力であり、ただ運命に従って生き、死ぬしかないのか。人の人生は、ただ神の裁きの内に生かされあるいは滅ぼされるしかないのか。そうではない。人は、神の前に永遠の決断をすることができる。神に対して、永遠の従順を約束することができるのである。それがヨシヤの行ったことである。それゆえ神は、彼がその良いことを行う前に、彼に祝福を約束されたのであった。

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2007/09/07

罪の開花

列王記下 第21章

 ヒゼキヤの子マナセは、神の前に甚だしい悪を行った。彼は、異境の神を崇拝し、それらに犠牲を捧げるための祭壇を神殿の庭にさえも築いた。また、天の万象の前にひれ伏し、これに仕え、自分の子に火の中を通らせたり、占い、まじない、口寄せ、霊媒等、神の目に悪とされることをことごとく行った。
 それにしても、エルサレムに改革を行い、真の神への礼拝を復興させたヒゼキヤ王自身の子が、このように父とは似ても似つかない信仰と行いを身につけてしまうというようなことが、どうして起こり得たのだろうか。それは、ヒゼキヤの信仰が、個人主義の信仰だったからだろう。ヒゼキヤにとって、真の神を礼拝することは、自発的に行うべきことであった。彼は、もちろんエルサレムに力強い改革を行った。しかしそれは、あくまで人々の自発的な信仰の喚起を目指したものだったのである。
 信仰は、もちろん各人が自発的に捧げるべきものである。しかし、それは成熟した信仰者にこそ適用されるべきであろう。真の神と異境の神の区別もつかない者に、「あなたの意志で、どちらかの神を選びなさい」と言うのは、彼の自由意志を尊重しているのではなく、むしろ彼に最大限に迷いの機会を与えているに過ぎない。ヒゼキヤは、その子に対して、そのように振る舞い、我が子をそのように教育してきたので、その子は、生まれながらの悪しき本性に従って、そのようになったのであった。
 ああ今日でも、自分の子供に、「日曜日に教会に行くべきかどうか、自分の心で良く考えて決めなさい」と言う親がいる。そのような親は、また日常のすべてのことにおいてそうなのである。勉強をするのも、良いことをするのも、規則に従うかどうかも、また、人間として神から与えられた自分の人生をどのように生きるかということまでも。最後には、自分の人生を生き続けるかどうかさえ、彼自身の判断によるとまで断言するようになる。そんなことが果たして真理なのだろうか。
 否、否、決してそうではない。むしろ彼が、そのように自分の子や他人に対して寛大で、彼らの自由意志を極限まで尊重しようとするのは、実は、自分が神に完全に従っていないことによるのである。つまり、自分が神に従うかどうかは、自分の自由意志によると思っているのである。すなわち彼は、いつも神への反逆の可能性を自分の中に確保しておきたいのである。だからは、彼はいつか、その自分の中のその可能性の通りになるであろう。
 ヒゼキヤ王は、いつもこの反逆の可能性に脅かされていた。そして、神に責められたときに、かろうじてその可能性から開放されて、再び神の元に立ち返ることができた。しかし、彼の本心はまったく変わらなかったのであった。そして、それは、彼の子のマナセと孫のアモンにおいて、みごとに開花することになったのである。

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2007/09/06

恵みと離反

列王記下 第20章

 神は、ヒゼキヤとエルサレムの住民を、アッシリアの王センナケリブ及びあらゆる敵の手から救い、周囲の者たちから彼らを守って安らぎを与えられた。多くの人々が主に捧げる供え物と、ユダの王ヒゼキヤにささげる貴重な品々を携えてエルサレムに来た。そのように、ヒゼキヤ王はあらゆる国の民から仰ぎ見られるようになり、彼の心は、かつてのソロモン王のように、いつしかイスラエルの神から離れて行った。
 そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。すると預言者イザヤが訪ねて来て、彼の死が近いことを知らせた。ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った、「ああ主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い出してください」。こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。すると神は、災いを思い返され、預言者イザヤにより、ヒゼキヤを回復させられた。神は、彼が回復することのしるしを与えられ、ヒゼキヤの望み通りに、アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた。しかしヒゼキヤは、このことによっても遜って、自分の神に立ち帰ることがなかった。
 太陽が逆戻りした奇跡は、遠くバビロンにまで伝わったのだろう。その地の諸候が、この奇跡について調べさせるために使節を遣わしてきた。彼らはヒゼキヤに会いに来て、彼の病の回復に関する祝辞を述べた。ヒゼキヤは、彼らを歓迎し、ユダ王国の繁栄のすべてを誇らしげに彼らに見せた。神はヒゼキヤに、イスラエルが真の神に立ち返るための最後の望みを託しておられたのだろう。しかし彼は、神の与えられた大いなる祝福のゆえに返って高慢になり、かつての神への従順を忘れてしまったのだった。
 預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、主の言葉を告げた。「王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る」と。
 神は、かつてソロモンに大いなる知恵と祝福と栄華を与えられた。しかし、ソロモンはそのことにより高慢になり、神から離れてしまった。そして今、イスラエルとユダに真の信仰を回復させたヒゼキヤまでが、神の祝福により、返って高慢になり、恵みから落ちてしまった。ああ、なんということだろう。神は、ご自身に忠実に従う者に祝福を与え、繁栄を約束される。しかし、その繁栄が、返って彼らを自分の神から離れさせることになるとは。それは、モーセを通じて与えられた神の律法が、返って罪の力となったことと同じであり、出エジプトの後にかつての奴隷生活に返ろうとするイスラエル民族の性格の具現化であった。この聖と汚れの間の往復は、永遠に続くのだろうか。否、否、神は、ご計画を持っておられた。それは遠い日の後、彼らに神の霊を与え、その心に律法を書き込まれる日に実現することになるのだ。

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神の介入

列王記下 第19章

 ユダの宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、補佐官ヨアは、衣を裂き、ヒゼキヤの元に来て、アッシリア王の家臣ラブ・シャケの言葉を伝えた。ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を裂き、粗布を身にまとって主の神殿に行った。また、3人を預言者イザヤのもとに遣わして言わせた、「今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、胎児は産道に達したが、これを生み出す力がない」と。
 ヒゼキヤは、知っていた。今、彼が置かれている状況の意味を。彼らが冒涜しているのは、ヒゼキヤ自身でもイスラエルの民でもなく、まぎれもなく、全能の神に対してであるということを。アッシリアは、確かに強国であり、今のユダ王国には、彼らに対して勝ち目はない。しかし今、アッシリアは全能の神を罵倒し、この神に対して挑戦しているのである。こうなったからには、アッシリアに神の裁きが下るのは必至なのであり、ヒゼキヤが知っているイスラエルの歴史の全てがそれを証明しているのである。ああしかし、その裁きはどのようにしてもたらされるのか。これまでは、神の民イスラエルがその裁きの施行に用いられた。しかし今、彼らは神に背を向け、その結果神との距離は離れてしまった。神は、そのようなイスラエルを用いることがおできにならない。そこでヒゼキヤは、「胎児は産道に達したが、これを生み出す力がない」と言ったのである。
 そのころアッシリアの王は、ラキシュからリブナへ攻撃の矛先を転じてきていたが、クシュの王が戦いを交えようと軍を進めているとの知らせを受けた。彼は、ユダの地でしばらく戦っていたこともあり、早くことを始末したいと思ったのだろう。ヒゼキヤに向けて再度の脅迫状を送ってきた。それにもイスラエルの神を侮辱する言葉が連ねてあった。
 ヒゼキヤは、この手紙を使者の手から受け取って読むと、主の神殿に上って行き、主の前にそれを広げて祈った、「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。耳を傾けてください。目を開いてご覧下さい。生ける神をののしるために人を遣わしてきたセンナケリブの言葉を聞いてください」。すると、預言者イザヤがヒゼキヤに人を遣わして主の言葉を伝えた、「アッシリアの王センナケリブのことであなたがわたしにささげた祈りをわたしは聞いた」。
 その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃ち殺した。アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰っていき、ニネベで自分の神ニクロスの神殿で礼拝しているときに、家臣が彼を殺した。

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2007/09/05

信仰の脅威

列王記下 第18章

 神に背き、悪の限りを行うアハズ王の治世は長く続かなかった。神が彼をたしなめるために、アラムとイスラエルの軍隊を差し向けられると、彼はアッシリアの王に取り入り、その地の神を導入した。しかしやがてイスラエルは、このアッシリアに攻められて陥落してしまうのである。アハズ王の後にユダの王となったヒゼキヤは、即位6年目にこのサマリア陥落に遭遇した。しかし、父祖ダビデのように神の目にかなう正しいことを行っていた彼は、イスラエルの神、主に依り頼み、アッシリアの王に服従しなかった。
 しかし、ヒゼキヤの治世第14年に、アッシリアの王センナケリブが攻め上り、ユダの砦の町をことごとく占領すると、さすがのヒゼキヤも観念して彼らに従うことを表明し、神殿と王宮の宝物庫にあったすべての銀とヒゼキヤ自身が金で覆った主の神殿の扉と柱を切り取り、アッシリアの王に送った。
 するとアッシリアの王は、ユダを一挙に陥落させようと大群を送ってきた。センナケリブの家臣ラブ・シャケは、大声で呼ばわり、アッシリアの強大さを豪語することにより、イスラエル人の戦意を喪失させ、投降を促し、戦わずして征服しようとした。それは彼らが実は、生ける神の民イスラエルを恐れていたからだった。アッシリアにしても、かつて紅海の水を干上がらせ、諸国を震え上がらせたイスラエルの生ける神のことを聞いたことがないはずはなかったからである。
 神はなぜ、ご自身に忠実なヒゼキヤの治めるユダ王国にこのような困難を与えられたのだろう。それは、彼らに真の神のみを信じる信仰を植え付けるためだったのだろう。だからアッシリアが攻めてきて、ユダの砦の町々を征服したとき、ヒゼキヤには神への変わらぬ信頼が要求されていたのだ。しかし彼の信仰は、アッシリアの大群の前にもろくも崩れ、その前に屈してしまった。
 今日でも私たち信じる者の前には、様々な脅威が立ちはだかって来る。サラリーマンならば、自分に与えられた仕事上の責任がそれに当たるだろう。そして私たちは、ときにいと易々と、その脅威の前に屈し、礼拝を休んだり、祈りを怠ったりしてしまう。それは、ヒゼキヤが神殿と王宮の宝物庫にある銀をアッシリアの王に送ったのと同じことである。しかし私たちは、彼らがなぜ大声で呼ばわるのか良くを考える必要がある。というのは彼らは、知らずして恐れをいだいているからだ。この大宇宙を造られた、全能の神を知っている私たち信仰者が持っている穏やかさを。

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2007/09/04

サマリアの陥落

列王記下 第17章

 謀反を起こし、ペカを殺してイスラエルの王になったホシュアは、アッシリアの王シャルマナサルが攻め上って来たとき、彼に服従して貢ぎ物を納めた。しかし、ホシュアがエジプトに支援を要請して謀反を企てていることが知れて捕らえられ、牢につながれた。アッシリアの王は、イスラエルに攻め上ってきて、三年間サマリアを包囲し、ホシュアの治世第九年についにサマリアは陥落した。
 神は、以前からイスラエルに預言者を送り、悪の道を離れて真の神に立ち帰れと警告されていた。しかし、彼らは聞き従うことなく、頑なになり、自分たちの神を信じようとしなかった。そこで神は、イスラエルに対して激しく憤り、彼らを御前から退けられたのだった。イスラエル人は、その土地からアッシリアの地に移され、代わりにバビロン、クト、アワ、ハマト、セファルワイムの人々がサマリアを占拠し、その町々に住んだ。
 ああ、かつての神を愛し畏れる民はどこへ行ってしまったのか。かつて、主に導かれ、眩いばかりの栄光の中を歩み続けた民。彼らの靴は磨り減らず、彼らの着物は擦り切れなかった。彼らの指導者が彼らに命じると、彼らは自分たちの持てる中から、あふれるばかりに主に捧げた。指導者が彼らを留めるまで、彼らの捧げ者はやまなかった。それは、彼らが、生ける主の栄光を見ていたからであった。しかし今、この聖なる地に住んでいるのは、イスラエルの神を知らず、畏れ敬わない見知らぬ人々。彼らは、生ける神の栄光を見たこともなく、彼らの神々は、動くことのない偶像である。霊的に無感覚で、祈りを知らない民。彼らが主を畏れ敬わなかったので、主は彼らの中に獅子を送り込まれ、獅子は彼らの何人かを殺した。
 彼らがそのことをアッシリアの王に告げると、アッシリアの王は命じた。「お前たちが連れ去った祭司の一人をそこに行かせ、その地の神の掟を教えさせよ。」こうして、サマリアから連れ去られた祭司が一人戻って来てべテルに住み、どのように主を畏れ敬わなければならないかを教えた。しかし彼らは、主をなだめる一方で、自分の空しい偶像の神々に仕え続けた。

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ユダの背信

列王記下 第16章

 神に忠実であったウジヤ王とヨタム王の次に即位したユダの王アハズは、神の前に華々しく悪しきことを行った。そして、そのことのゆえに神は、アラムの王レツィンとイスラエルの王ペカをユダに差し向けられた。そして、それによりユダにもたらされた損害は、甚だ大きく、街は失われ多くの勇士が倒された。
 するとアハズは、アッシリアの王ティグラト・ピレセルに使者を遣わして支援を要請した。彼は、神の神殿と王宮の宝物庫にある銀と金を取り出し、アッシリアの王に贈り物として送った。アハズ王にとっては、神殿の祭具も王宮の装飾品も、神を崇め、神の栄光を顕すものではなく、今や単なる非常時の備蓄品に過ぎなくなってしまっていたのである。
 アハズにとって、ユダを隣国の攻撃から守れなかったイスラエルの神よりも、アッシリアの神の方が頼りになるように見えたのであった。そして彼は、アッシリアの王に会いに行き、その地で目にした祭壇の設計図を自国に送ると、祭司ウリヤが王が帰国するまでに、その設計図通りの祭壇を作成していた。王はさらに、神殿の祭具をアッシリア風に変貌させたり、神殿の扉を閉じたりした。しかしアハズは、なぜイスラエルの神がユダを護られなかったのかを理解しなかった。それには、2つの理由があったというのに。一つは、アハズが神を捨てたので、神もアハズの治めるユダを捨てられたということ。もう一つは、神がそのようなユダの背信にも関わらず、ユダを哀れみ、彼らに苦しみを与えることにより、彼らがご自身の元に立ち帰るのを待っておられたということである。

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