2013/10/24

第8章 歴史への回帰

 ブルトマンらのとった歴史からの撤退戦略は、論争の末に、どこか納得の行かない後味を残した。つまり、「彼らは、本来そこにすべてがかかっているような深刻な歴史的問題を根本から解決することをせずに、単に異論を提起しただけではなかったのか」というのである。確かにブルトマンらは、聖書の歴史性に疑問を呈した後で、相手を十分に納得させることもせずに、議論をさらに前に押し進めて「弟子たちの宣教の内容こそがキリスト教のすべてである」という突拍子もない教説を展開して行ったと言えないこともない。そこで、「待てよ、もう一度原点に戻って良く考え直してみよう」という立場が現れてきた。つまり、「宣教」すなわち「イエスについての説教」の基となるべき「イエス自身の説教」に再び関心が向けられることになる。
 エルンスト・ケーゼマンによれば、「共観福音書は第一に神学的記録であるが、その神学的記述は、しばしば歴史的形態の下に表現されたもの」であり、実は「新約聖書は、宣教と歴史的叙述の両方を含んでいる」というのである。そして彼は、この見解から始めて、「イエスの説教と弟子たちの宣教との連続性」についての探求を始めるのである。そしてその探求の後に彼は、「イエスに関わる宣教が、すでにイエスの伝道活動の中に、殻に入った状態もしくは胚芽の形で含まれていること」を確信するに至った。
 このような「史的イエスの新たなる探求」の道は、特にその終末論において、一つの注目すべき性向を持っていた。それは、「イエスの教説の黙示的性格を受け入れる」ということである。しかしこれは、教義学的には一つの積極性であるかもしれないが、歴史学から見れば、一つの消極性であり、大きな後退でもある。というのも、例えば主イエスの「わたしはすぐに来る」という言葉は、疑いもなく終末論を喚起するゆえに、彼の宣教から省くことのできない重要な要素であると共に、それはまた黙示的な要素を多分に含んでいるのである。そして、この「聖書の歴史性を基に、その黙示的性格を受け入れる」ことは、取りも直さず、その主張を自ら非現実的なもの、「一般人には、受け入れ難いもの」にするということを意味するのである。つまり、「歴史からの撤退」に対する反省としての「歴史への回帰」は、決してそれまでの議論の根本的な解決ではないということであり、この2つを統合する道は存在しないということなのである。つまり、キリスト宣教の道は、歴史に立脚し、聖書から黙示的要素を切り捨てたリベラルな道と、神話的、黙示的要素を積極的に組み入れた、言わば狂信的な道の2つに分かれるということである。もっとも、聖書の歴史性に立脚するにしても、それほど狂信的な立場はとらないと主張する人々もあるかもしれない。例えば、「キリストの復活は、信仰をもって受け止める事柄であり、その歴史学的な証明は、重要ではない」という立場もあるだろう。しかしそれは、自分の立場を弁護して、お茶を濁しているだけであり、実際には何の解決にもなっていない。重要なのはそのような立場が、宣教にとってどのように貢献し得るのかということであり、そういう意味では、それは何の役にも立たないのである、同様に、「復活は、主イエスを信じていた人々にだけ起こった」とか、「再臨のイエスは、信仰のイエスとして、すでに来られた」とか、その他様々な立場が想定されるようにも見える。しかし。キリストと真剣に向かい合おうとする人は、このように言うだろう。つまり、「それなら、キリストのこの言葉をあなたは文字通りに信じるのか?」。そして、あなたがもし、「それは、実はこういう意味なのです」と言おうものなら、彼もあなたにこう言うに違いない。「それなら、キリストのこの言葉もこういう意味に違いない。ブルトマンがそう言っていたから」と。

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2013/10/17

第7章 歴史からの撤退

 バルトらによる弁証法神学は、自由主義神学の歴史的イエスへのアプローチの曖昧なところを指摘し、「人と神との無限の質的差異」という信念から、その間を取り持つイエス・キリストという神の行為を基礎にした神学を展開したことで、一応の成功を治めた。しかしそれは、「神の歴史」と「人間の歴史」という、聖と俗を弁証法という理論で接合するという芸当であった。そこで、なんと言うか、何かが足りないというか、十分に気が晴れないというか、そのような感触が庶民的信者の中に、それとなく、少しずつ蔓延していったのではなかったのだろうか。その疑問の正体はなんだったのかと言えば、つまり、自由神学の提案する「史的イエス」、弁証法神学の提案する「信仰のイエス」、それらについては何となく分かった。しかし、「今を生きている私に直面しておられるイエスが実在するとしたら、それはどのようなお方なのか」という「事実上のイエス」という問題が未解決のまま残されていたということであろう。そして、それに答えようという新たな神学的勢力が戦前のドイツにおいて発展し、一般的な注目を浴びることになる。これが「実存主義的神学」である。
 ルドルフ・ブルトマンは、聖書の非神話化を提唱し、使徒たちが宣教として掲げたイエス像を中心に、今を生きる現代人のために聖書を再解釈するというアプローチをとった。その方法論は、強烈な反響と共に、多くのプロテスタント教派からの非難を巻き起こした。しかしそれは、自由主義神学が聖書の中から歴史的イエス像を抽出しようとしたこと、すなわち彼らが、聖書から不要な記事を切り捨て、それらしい所だけから歴史的イエス像を組み立てたのとは異なっていた。彼は、「史的イエス」というリアリティは、そのようにして再構成することは不可能だという。むしろブルトマンは、聖書を全部使うために、それを現代風に再解釈しようというのであり、その際に用いる方法論が非神話化というわけである。そして、救済はもはや、歴史的イエスを通して客観的また物理的にもたらされるものではあり得ず、宣べ伝えられたキリストにより、実存的にもたらされるというのである。この点について、彼は首尾一貫していて、来臨は将来の出来事ではなく、人が宣教に実存的に直面することにおいて、すでに起こったことであるという。つまりブルトマンは、聖書の聖句を切り捨てることはしなかったが、それを再解釈することにより、その中に含まれる神話的と判断される部分の意味を切り捨て、現代的な意味を挿入することにより、宣教の対象としての時代に対応した、ダイナミックなイエス像を構築したのである。それにより、人間という実存がおかれている悲惨な状況に対してイエス・キリストが、より強力なリアリティを持って現前することになる。その出来事が、「宣教」であり、「復活のイエス」だというのある。しかしそれでは、ブルトマンの構成した、このいわゆる「宣教のイエス」は、真正のイエスと言えるだろうか。というのも。彼自身が聖書の中の「宣教」の内容まで再構成してしまっているかもしれないからである。すなわち、ヨハネの福音書は、一冊に綴じられていた書物の紐が解けて、一度ばらばらになったものを拾い集めたので、頁の順番が狂ってしまっているところがあり。それに留意して解釈しなければならないと。しかし彼は、自分の好きなイエス像をでっち上げたのではなく、使徒たちが宣教したイエスこそが、聖書から読み取ることができるもっとも真実らしいイエスだと主張したのである。そこでそれは、歴史上のイエスと必ずしも同じである必要はない。ブルトマンにとっては、イエスが実在したということのみが必要なのである。そしてそれは、さらに曖昧なイエス像への道を拓く可能性を持っていた。
 ブルトマンと同じような立場にいたパウル・ティリッヒの関心は、「キリスト教の公的信頼性が失われていくように見える時代においてキリスト教を意義あるものにしよう」ということであったとマクグラスは言う。ティリッヒによれば、「存在とは、実在的不安によって特徴づけられる離反であり、不信仰であり、傲慢である。存在するものはみな、あるべきかたちではない」のである。それに対してキリストは、その離反を超克する「新しい存在」であり、イエスはその歴史的顕現であった。つまり、救済の根拠は、イエスという存在よりも、その意味するもの、「新しい存在」の上に置かれている。ここに至って、「ナザレのイエスが実在したかどうか」ということすら、もはや本質的なことではなく、むしろ「救済の観念」こそが本質となってしまったのである。
 これまで見てきた流れを振り返ってみると、様々な神学が登場し、互いにそれ以前の神学よりもさらに良いと思われる方法で、イエス・キリストという実像に近づこうとしながら、それを取り巻くようにして、一向に近づいて行くことができずにいるということである。それはなぜだろうか。たぶん、神様に近づく方法は、神学ではなく、「信じること」のみによるということなのだろう。

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2013/10/06

第6章 弁証法的キリスト論

 第一次世界大戦という危機は、キリスト教信仰にとって、一つの篩いの働きをした。ドイツ神学の立役者たちが、そろいもそろって、当時の皇帝ヴィルヘルム二世とその助言者たちの戦争政策を支持する表明を発表したのであった。それをいぶかしく思ったのがカール・バルトである。彼はこのことにより、それまで自分の尊敬していた神学者たちに失望しただけでなく、彼らの神学であった自由主義にも反旗を翻した。彼は「ローマ書講解」を著し、神と人間の間におかれた溝の深さと、その溝に人間の側から架橋することの不可能性を力説した。それによりバルトは、神を聖なるものとし、罪の中にいる人間との対照性を際立たせた。彼の「神は天にあり、汝は地にある」という言葉は、キルケゴールの「神と人との無限の質的差異」を表現していた。バルトの提唱した神学は、「弁証法神学」と呼ばれる。この「弁証法」とは、「神と人の質的差異」、すなわち「正」と「反」から「合」としての信仰が生み出されるという神学であり、その原理がキリスト論に他ならない。そのようにしてバルトは、近代神学におけるキリスト論の中心的位置付けを回復したのであった。しかし、ここでマクグラスは、「バルトは、神の存在と行為に向けての神学者による服従的方向付けという、キリスト論の原則を首尾一貫させることに明らかに失敗した」と述べている。これは、どういう意味であろうか。それは、バルトのキリスト論によれば、彼の予定論との関係において、「イエス・キリストは選ぶ神であり、同時に、選ばれた人間である。」とされ、「神は贖いの苦痛と代償を全面的に引き受けることを選ばれた。神はゴルゴタの十字架を玉座として受け入れることを選ばれた。神は堕落した人間のすべてを、特に苦難と死において受け入れる。神は人間を贖うために自らを低くし、恥を受けるという道を選ばれた」と言われる。ここから帰結してくるものは、「普遍救済説」である。つまり、もしバルトの神学が、「救いに入れられる人々」にのみ限定したものであったならば、それは聖書と整合していると言えるだろう。しかしバルトは、彼の神学をそのように限定したものだとは考えていなかったのである。ここに、聖書からの乖離のさらに新たなる、そしてさらに強められた形態を見る。それは一見、聖書に忠実である。それは、「神と人の質的差異」を強調することにより、比類の無いほどの敬虔を身に纏う。しかし、ある一点において、それは聖書と異なっているのである。すなわち、万民救済ということにおいて。ああ、なんということだろうか。神への大いなる不従順が、同じ心の大いなる敬虔の影に宿っていようとは。
 この時期に活躍したもう一人の弁証法神学者にエミール・ブルンナーがいた。彼とバルトは、そのキリスト論において異なっている。彼は、「啓示とは、イエス・キリストにおいて我々に臨まれる神との人格的出会いである」と言う。それまで正統主義は、「啓示は命題として与えられるもの」と考えていたし、自由主義に至っては、神を、人間によって自由に探求できる対象として扱う傾向にあった。しかし、ブルンナーは、「啓示において、神は何か、ご自身についての観念を人に伝達するのではなく、出会いにおいて、実に神自身を伝達するのだ」と言うのである。このブルンナーの神学は、一つの必然性を持っていた。それは、自然神学への回帰である。「人間の本性は、神の啓示に対する出会いの結合点を持つように造られている。人間は、アダムの堕罪による荒廃の状況にあってもなお、キリストにおける神の人格的・歴史的啓示に応答する能力を保持している」と彼は語った。この主張にバルトは、怒りをもって反応した。それは、あたかも神が自身を啓示するために助けを必要とするか、または人間が何らかの形で啓示の行為において神と協力するかのように見えたのである。バルトが危機感を抱いたこの自然主義的な考えは、ブルンナーに始まったものではなく、ルターの提唱した「創造の秩序」にも見ることができるし、また神秘主義的な神学一般の出発点でもある。それが自由主義に傾けば、人間存在への賞賛や国家社会の積極的評価等を通じて、文化の重視という偶像崇拝の一形態にも向かいかねない。しかし、だからと言って、そのようなリスクをあえて退けるべきなのだろうか。聖書に、「神は人を、ご自身の姿に創造された」とあり、「あなたがたは、いと高き神々である」と言われた主イエスの言葉は、空しい言葉なのだろうか。私は、そうは思わない。聖書に書いてある通り、「神は、天使たちを助けることはせず、アブラハムの子孫を助けられるのである」。神は、全世界を救うために、諸々の民族の中から、ただイスラエル民族を選んで、律法を与えられた。ブルンナーの言う、「啓示は、すでにそれが何についてのものかをうすうす感づいている人間本性へと向けられる。例えば、『罪を悔い改めよ』という福音の要求は、『罪』についての何らかの観念を人間がすでに持っていない限り意味をなさない」という主張は、しごくもっともなことではないだろうか。
 我々は、これまで見てきた神学の潮流の中に、人間の意識が神へと接近して行く過程とその方法論と意図を読みとるべきだろう。それは、より良き信仰、安定し、迷いと盲従から解放され、自由に神を求め、喜びをもって神に仕える道の探求であった。しかし、人が神に接近すればするほど、そこにまた新たなる危険も、しかもより恐ろしい形態で、そこに横たわっているのを発見した。これこそが「神に近づく」ということであり、かのキルケゴールが言っていた、「神に近づくとは、そのことがそっくりそのまま、神から離れて行くということなのだ。ああ。神の前における人間の無力さよ」という言葉の意味なのではないだろうか。

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2013/10/01

第5章 自由主義的キリスト論の崩壊

 19世紀後半に台頭した自由主義神学も、同世紀の終わりには、衰退を始める。この「自由」とは、いったい何だったのか。それは、古い聖書絶対主義からの自由であり、聖書の無謬性への妄信からの自由であった。彼らがそのような行き方をしたのは、それまで完璧に見えたヘーゲル哲学が聖書の真理性を完全に裏付けることができなかったことへの幻滅が一つの大きな理由であった。しかし彼ら自由主義神学者たちも、聖書を完全に捨ててしまったわけではなかった。否、彼らは彼らなりの方法で、真剣に聖書の中に真の信仰を追い求めたのである。それを行うためには、聖書の中に完全に信頼できる記事を見出せなければならない。そして、彼らが選んだのは、共観福音書の中のマルコの福音書であった。そしてこの時代に、たくさんのいわゆる「イエス伝」が執筆された。それは、聖書の指し示す真のイエス像、福音書記者が脚色した人工的なイエスではなく、当時生きていたままの、そして今日の我々にも絶大なインパクトで迫ってくるイエス像の探求であった。
 この自由主義神学が衰えて行った原因は、外部からの攻撃、それも皮肉なことに、より厳格に聖書を批評する神学者たちからの批判であった。その一つの潮流は、ヨハネス・ヴァイスやアルベルト・シュヴァイツァーらの主張であり、イエスの宣教における終末論の再発見である。それによれば、「神の国」は、自由主義神学者らが考えていたように、我々の身近な生活の中にあり、絶えず成長して行くようなものではなく、それは基本的に彼岸にあり、天からの大変動として到来するものである。そして、特にシュヴァイツァーの首尾一貫した、ナザレのイエスの人格と使信についての終末論的解釈の結果として、暗い不安と恐れを伴った、よそよそしい、奇妙な、黙示録的で、まったくこの世的ではないキリスト像が姿を現す。それは、「希望も期待も最後には無に帰するような姿である」とマクグラスは語る。実際、シュバイツァーの言葉によれば、「イエスは我々のところに見知らぬ者として来る」のである。この従来の楽観的な自由主義神学者と打って変わって深刻な、新しい聖書解釈の方法論には、聖書の真理からの乖離としての第二の契機がある。それは、歴史性からの乖離である。自由主義神学者たちは、聖書の文脈から乖離してまで、真実のイエス像を捜し求めた。それは、歴史的に信頼できるイエス像(史的イエス)であった。つまり彼らは、聖書の歴史性を堅く信じていたのである。しかし、上記の新しい聖書解釈の方法論は、この歴史性から乖離を始める。聖書は、歴史的な書物ではなく、初代教会が作り出した宗教的な創作物であるというのである。彼らは、いったい何を求めていたのだろうか。それは、実に「純粋信仰」に他ならない。彼らは、信仰は、歴史や哲学によって基礎付けられるべきものではなく、教理によって基礎付けられると信じたのである。それは、自由主義神学者たちが信じていた、「マルコの福音書の詳細な研究から、信仰の拠り所としての、その独創性、力、人格を明らかに示す史的イエス像が明確に、そしてほんのわずか大胆に、しっかりと描かれ、真に迫った姿で立証される」という確信を、彼ら自身が見事に打ち砕くのを自分の目で見たからに他ならない。それによって、彼ら自身も幻滅を味わったに違いない。なぜなら、彼らもまた、自由主義神学者らと同様、純粋信仰の確固たる基礎を求めていたからである。しかし、彼らの学問的野心は、彼らの信仰心よりもさらに強かったのであろう。
 ああ、今日においても、純粋な信仰を求めるあまり、聖書の中に存在する「不確実性」に我慢ができない輩がいるのではないか。例えば、「愛の神が人を地獄に落とすというようなことがあるはずがない」という考え。「『わたしはすぐに来る』と言われた方は、もうすでに来てしまったのではないか」という考え。「異言や預言は、今はもうない」という考え。等々は、どうだろうか。聖書の中にも、一見、矛盾するようなことが書かれている。そして人は、その真意を究明したいと思う。それは実は、聖書からの乖離の一つの契機と言えるかもしれない。というのは、聖書の中の矛盾がすべて究明されたなら、もはや聖書は必要なくなるからである。聖書の全体が完璧に理解され、説明されることになったら、それこそ、聖書は不要の書物となってしまうだろう。聖書を不確実なものにしておられるのは、神ご自身なのだろう。というよりも、神の真理を人間の言葉に表すと、それは平坦なものではなく、ある立体的なものとなり、見方によって異なる姿に見えるということなのかもしれない。
 上述のような急進的な聖書批評は、エルンスト・トレルチに至って、さらに首尾一貫した宗教史学的考察へと発展して行く。それによると、信仰はすなわち、教会の教えであり、それゆえ、それはもはや完全なものではあり得ない。その時代時代により、現実への対応と反省が繰り返されながら発展して行くものなのである。ここにおいては、もはや「絶対なるものは歴史の彼方にあり、多くの点においてヴェールに覆われた真実である。それは、未来に属し、神の審判と地上の歴史の停止において現れるであろう」。聖書の歴史性から一旦乖離した神学は、純粋信仰の追及を経て、再び歴史に回帰しようとするのである。しかし、それはまたなんという倒錯した回帰の形態であろうか。というのも、その教理は、「歴史における受肉」という概念を除外するのであり、自らの教理により、そうせざるを得ないのである。ここに至って、キリスト教は、真剣な歴史の探求から離れ、頭脳だけの、夢物語的な存在になってしまったのではないかと疑いたくなる。しかし、その人間を再び、有無を言わさず、歴史の現実に連れ戻すようなことが起こる。1914年8月1日、第一次世界大戦が勃発したのであった。

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2013/09/23

第4章 自由主義的キリスト像

 宇宙を包み込む広大なへーゲル哲学も19世紀半ばには衰退を始めていた。それは、へーゲル主義自体が抱えていた、内部的な不統制(右派、左派の存在等)にも起因するが、もう一つの要因として、自然科学の進歩がへーゲル哲学の主張(たとえば惑星の理論的な個数等)に反する事実を次々に発見して行ったことが挙げられるという。人々は、へーゲル哲学に代わるべきキリスト教の基礎を捜し求めたが、それは容易には得られなかった。そして、当時もまだシュライエルマッハーの神学は人々から好意を持たれていたこともあり、ここに来てキリスト論の重要性に再び目が向けられてくることになる。そこでは、キリストの人性の強調と神性との間の調和等についても熱心に議論が行われ、キリストは受肉に際し、その全能性の使用をあえて断念していたという「謙卑論」や、人に知られずにそれを用いていたという「秘匿論」等が提起された。人となったキリストに関するこのような考察は、それ自体、キリストに対する一途な信仰を目指すものであり、そのためには、キリストの人物像を正しく把握する必要があると共に、人間の側からの把握の限界をも素直に認めて、それを信じる自己の受け取り方に対しても様々な反省を求めるものであった。たとえばリッチュルは、イエスが神であるということを客観的に把握することをもはや断念し、「信仰は、イエスを神という宗教的価値を持つ存在と認めるキリスト者側の価値判断である」とした。またヴィルヘルム・ヘルマンもその行き方を継承し、「イエスの宗教的重要性は、その宗教的人格にあり、その内的実存が信仰者の心に形作る影響の中にある」として、「信仰の確信は、主観的なものである」と主張すると共に、イエスの宣教の中で、個人の主観と関係の薄いと思われる終末論的な要素を軽視した。
 これは、聖書からの乖離の最初の契機であり、マクグラスは、「リッチュルが、イエスを、自己満足的思想へと向かう歴史の出発点に他ならないものと考えたという結論は避けがたい」と言う。つまり、ヘーゲルが目指した、哲学を基礎にする理詰めの信仰への反発として、「信仰は、そのような理論ではなく、受け取る側、信じる側の純粋な積極性である」という提起がなされた。それは、ある意味でシュライエルマッハーへの回帰とも言えるが、根本的に異なるのは、そこに観念的な強まりがあり、聖書以上にキリストを求める傾向にあったことである。そこから、「聖書は、果たしてキリストに関して、真実のみを伝えているのか?」との疑問が起こってきた。今日の私たちも、純粋な信仰を追求しようとするあまり、聖書を勝手に解釈するようなことのないよう気をつけなければならないだろう。
 そして、アドルフ・フォン・ハルナックに至って、ついに、一つの驚愕すべき動きが現れる。それは、いわゆるパウロの神学への疑義であり、「贖罪の神の子キリストという考えは、ナザレのイエスの宣教にはなかったものであり、それは、ヘレニズム文化を背景としたギリシャ社会に当時のキリスト教が順化する過程において生み出されたものだ」という主張であった。ハルナックにとっては、初期のキリスト教の歴史は、イエスに関する本質的に簡明な使信が次第に不純になっていく歴史なのであった。これは、純粋信仰にとっては、フォイエルバッハによるキリスト教批判と比べ、いっそう恐ろしいものであり、それは聖書の無謬性に対する疑義であり、聖書をもはや神の言葉とは考えないという立場である。
 ここに一つの事実が判明する。それは、キリスト教に対するもっとも恐ろしい挑戦は、他でもないキリスト教の中から生まれてくるということである。それも、キリストに対する一途な信仰の追及の中から生まれてくるのである。例えば、「救いに人の自由意志が介在する」という教説はどうであろうか。聖書のどこにそのような思想が記されているだろうか。かつて、ウエストミンスター信仰会議は、「神の二重予定」という恐ろしい教説を提起した。それによれば、神は、救いに選んだ人を恵み、滅びに選んだ人を遺棄するという。しかしそれは、聖書に記されていることからの単純な帰結であり、そこに人の自由意志は介在しない。これまで述べてきたことから、どちらの教説が神の栄光となり、どちらの教説に恐ろしい野心が潜んでいるかを良く考えてみる必要があるのではないだろうか。

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2013/09/17

第3章 へーゲル学派

 へーゲルは、19世紀における最も重要なドイツの哲学者であり、哲学、神学、政治思想の発展において、現代にまで及ぶ大きな影響を与えている。しかし、マクグラスによれば、彼の哲学の目的は、「人間と神との間に和解をもたらす」ことであり、その際の中心概念は、「受肉に関する教理」である。それ自体は多くの宗教の教理に見いだされるが、そのうちでキリスト教の教理だけが精神との関係において現実的形態でこれを表現しているという。つまりへーゲルは、彼の哲学と神学の橋渡しをしようともくろみ、その媒介として「受肉」という表象を発見し、相手としての宗教にキリスト教を選んだのであった。その目的は、宗教を単なる主観的、概念的なものから、それをもってこの世界を変革し得るものへと発展させることであり、同時に哲学をも、果てしない論理の迷宮から解放し、それに確固とした始まりと根拠とを据えるためであり、また一方で、シュライエルマッハーの建てた、どことなく主観的な神学の補完でも有り得るものであった。しかし、彼の批判的後継者(へーゲル左派)たちは、へーゲルが基礎をおいた、受肉に対応する史実がイエスその人であるという公理に必然性を見い出すことができず、返って歴史的批判的研究によるアプローチをとることにより、よりリベラルな神学の興隆に道を拓くこととなった。すなわち、彼らの目的は、実はへーゲルが試みた宗教という客観への意識の主体的な関与を先鋭化することであったのだが、結果としては、かえってその限界を鮮明化することになってしまった。
 そして、そのような背景から、ルードウィヒ・フォイエルバッハのような宗教への蔑視者が生まれて来ることになった。彼は、「人間が神々を造り出したのであり、それは人間自身の理念化された願望や欲求や恐れなどの概念を体現したものである」と言った。しかしマクグラスは、「フォイエルバッハが単に神を自然に引き下ろしただけだと言うならば、その重要性についての評価を妨げることになる。返ってその著作の永続的重要性は、宗教的概念が人間の意識に生起する仕方についての詳細な分析の中にある」と言う。つまり、「神を自然にまで引き下ろす」のは、ただ未信者のみのなせる業ではないとしたら、すなわち、私たち信徒も、ときとして無意識に、神に自分の都合の良い願いばかりをしてしまうとか、神をそのような身勝手な祈りを聞き入れてくれるような対象として認識しているような、あるいは、こともあろうに、そのような祈りに当然応えざるを得ないような人格と思い込んでいるようなことがあるならば、そのような曖昧な信仰の先鋭化のためには、それも大いに有効ということが言えるかも知れないということなのである。加うるに、神が一つの人格であるという反リベラル的、正統主義的な神観に立つならば、神を信仰の対象として把握するのは、他ならぬ信仰者の人格なのであり、さらに、自己が成長途上にある自我と比較して、客観的に把握困難な神の人格を、どの程度適切に把握できるかということを反省てみる必要もあるだろう。そして、そのような用途においては、フォイエルバッハ的な省察は、それが信仰者の観点からは容易に生じない類の反省であるがゆえに、むしろ真剣な信仰の反省において重要ということにもなるであろう。
 さらにまた一方において、「神の意識は人間の自己意識であり、神の認識は人間の自己認識である。神によって人間を知り、反対に人間によって神を知るのである。この二つは一つである。人間にとって神であるものは人間の精神・魂であり、人間の精神・魂が神なのである」と彼が語るのを聞くとき、それは必ずしも神への冒涜とは言い切れないかもしれない。神が人間をご自身の似姿にお造りになり、さらに自ら人と成られたということを最深の畏れを持って受け止めた上で、ただいたずらに待っているだけの信仰から進み出て、自己の意識に働きかける神の命令に最速で従えるようになることを希求する信仰者は、そこに神との関係における新しい態度を学び取ろうとしないだろうか。
 しかし、そのようなキリスト信仰からのもしかしたら有益なアプローチをよそに、フォイエルバッハの神学は、その当然の帰結として、唯物論へ突き進む原動力を持っていた。カールマルクスは、フォイエルバッハの「神は人間の意識の産物である」との主張をさらに推し進めて、「神とは、結局は、人間の意識に影響を与える、ある一連の社会・経済的状況の結果である」という理論をつむぎ出したのであった。

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2013/08/22

第2章 F・D・E・シュライエルマッハー

 ルター等による宗教改革は、当時のカトリック信仰の堕落に抗し、「聖書のみ」、「信仰のみ」という旗印を掲げて、純粋信仰への道筋を提示した。しかし、ただ「聖書のみ」と主張しただけでは、それをどのように実現するかということが未だ明確になっていない。つまり、個人がどうやって、どのような心構えでそれに取り組むのかが示されていなかったのである。そこで、啓蒙主義が現れて一つのアプローチを示すことになったが、それは、考えられるもっとも急進的でせっかちなアプローチであった。そこで、それがひとたび社会に実践されるやいなや、フランス革命における恐怖政治のような状態となり、この極度に理性的なアプローチが、実は期待していたほどには人間性に寄与するものではないことが明らかになってきた。そこで、これへの反動として、もう少し慎重な態度、つまり歴史や経験を重視する立場が提唱されてくることになるのだが、この方法論が人間理性とどのように調和するのかが一つの課題であった。というのも、経験そのものは、実は一つの知識でしかないので、それが理性に取り込まれることにより、一貫した観念にまで高められなければ、いまだ信仰とは言えないからである。それは、カントにおける生得観念の限界性の認識(純粋理性批判による)により拍車をかけられ、経験主義という一つのアプローチにまで具現化した。しかし、経験の分析からすべてが判断可能という考えは、理性によりすべてが解決可能という啓蒙主義の態度をどこか思い出させるようなものであった。そこで、これに不安をもった人々は、もう一つ夢のある、人間の可能性をさらに開花させるような方法論を捜し求めた。ロマン主義の鼓舞する想像力は、まさにこの要請に応えるものであり、人間の理性の限界を超越するもの、そして、理性の限界を乗り越え、有限を通して無限を追求する可能性を持っていた。ロマン主義の原理は「感情」であり、そこに、啓蒙主義や経験主義と比べて、信仰への一段階高い積極性を持っている。それは、信じる対象を求め、美化し、それと同化することを願うと共に、そこから自己を変革するための無限の可能性を汲み取ろうとするのである。
 シュライエルマッハーは、このロマン主義に深く根ざした神学を展開した。彼は、キリスト教信仰は、主として概念的なものではないと主張する。大切なのは「神への全面的依存の感覚」であり、具体的には「贖いの経験」である。この自分の上に成された神の業がそれを成してくださった対象、すなわちキリストと感情的に結びつき、第一の宗教的真理を形成する。そして、それに比べれば、教理はむしろその二次的表現と見なされたのである。その中心は、神にして同時に人であるナザレのイエスである。彼は、啓蒙主義の主張するような、単なる道徳的真理を示した方ではなく、完全なる人間の神意識の唯一の理想的な例であり、宗教的理想である。と同時に、彼は自らをそのような宗教的理想として提示する能力を持っている。すなわち、彼こそが真正なる神と人との仲介者なのである。ここにおいて、信仰の中心に「キリスト論」が据えられることになり、悪魔にインク壺を投げつけるようなこととは違う、実存としての人間の立場に立ったキリスト信仰の基礎が確立したのである。それを裏付けるように、彼シュライエルマッハーは、彼のキリスト論を基礎に、この信仰から外れるものすなわち「異端」というものを彼流の方法で明確に定義したのであった。

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2013/06/07

第1章 啓蒙主義 - 新しいキリスト論の様式

 「啓蒙主義」という用語が一般的に使われるようになったのは、19世紀の最後の10年ということらしい。しかしこの思想は、実際は早くも17世紀イギリスの理神論に起源を持つと考えられ、宗教改革後のプロテスタント主義にとって大きな対抗勢力となる。この言わば烏合の衆のような思想は、いったいどこから湧いて来たのか。しかしそれは、さながら一つの意志を持つものであるかのように、プロテスタント自身も意識していなかった「キリスト論」への集中により、イエス・キリストの人格と史実性へ標的を定めていたのであった。その影響は、ローマ・カトリックや東方正教神学よりも、まさにプロテスタント神学に大きな爪あとを残すことになる。マクグラスは、その理由らしきものを4つばかり挙げている。まず第1に、「プロテスタントの教会制度が比較的弱かったこと」、第2に「プロテスタンティズム自体の本性である抗議の精神の存在」、第3に「プロテスタンティズムのもって生まれたインテリ気質」、第4に「地理的な条件の重なり」である。
 それでは、啓蒙主義のキリスト教批判とは、どのようなものだったのか。マクグラスによれば、それは、人間理性の全能性と普遍性という原理を基盤としており、「キリスト教の信仰は、本来合理的なものである」という考えである。そこからキリスト教に関して、3つのことが帰結してくる。第1に、「それは、批判的検証にも耐え得るはずだという主張」、第2に「それは、理性そのものから導き出すことができるという主張」、第3に「啓示さえも理性で吟味されるべきであるという主張」である。このように啓蒙主義により、人間の理性の万能性が主張され、非合理的または迷信的要素が排除されることになった。それにより、「奇跡」や「啓示」、「原罪の教理」が否定され、福音書が描く「神の子の贖罪」という教理を、「宗教家イエスの宣教の失敗をごまかし、宗派を存続させるための、弟子たちの発明」であると結論づけ、彼ら独特の新しいイエス像を構築したのであった。それが「史的イエス」という像であり、新しいキリスト論の様式であった。そこでは、「イエスは、道徳的教師」、「理想的愛の模範」という位置づけを与えられたのであった。
 この「啓蒙主義」という思想の本質は、いったいなんだろうか。それは、限りなく人間主義的であり、すべてを理性で判断し構築しようという意志である。しかしそれでは、何を信じたら良いのか。然り、啓蒙主義においては、「自分が信じるものを自分が決める」のである。しかし、もし一度信じたものが間違っていたとしたら。そのときは、あっさりそれを捨てて、次のものを考え出すのである。いや、たとえ間違っていたのではなくても、自分の気に入らなくなったものは、すぐに捨てて、新しいものを考えるのである。そして、それが進歩であり、理想の追求ということなのだろう。しかし、それを繰り返すことにより、何が明らかになるのかを啓蒙思想は知らない。それは、自分自身が永遠に実験的であることが確実になるということである。キルケゴールが示唆した「実験的な自己」とは、実に「御伽噺(おとぎばなし)」であり、自分のすべてがその「おとぎばなし」に近づいているということなのである。
 こんな風に締めくくると、「啓蒙思想」は、恐ろしい思想であり、今日のキリスト者には、およそ関係のない極端な思想のように思えるかもしれない。しかし、本当にそうであろうか。教会内に、プロテスタント独特の「抗議の精神」が満ちていないだろうか。また、聖書研究や壮年会、青年会等の学びや話し合いのときに、理性的、論理的な思考や論証が熱烈な信仰よりもむしろもてはやされるようなことはないだろうか。「信仰のバランス」等という美辞麗句を教会生活のスローガンにし、熱心な信徒の献身の思いを挫くようなことになっていないだろうか。さらに、社会的な地位や教養、名声などが評価の要素になっていることはないだろうか。もしそんなことがあるとしたら、今日の教会にもまだ「啓蒙主義の芽」が残っていて、いつ芽を出すかも知れないと言えるのかもしれない。

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2013/06/04

 アリスター・E・マクグラスは、この本で、宗教改革後に起こった啓蒙主義の流れを、「新しいキリスト論の様式」と位置づけ、この思想を中心に、ドイツ語圏のプロテスタント神学の伝統について、一般的な考察と共に、彼独自のストーリーを展開している。まことに、ドイツにおけるキリスト教神学の種々の分野は、この啓蒙思想への同調、あるいは対抗を通じて花開いたと言えるかもしれない。それは、かつて信仰の純粋性を目指して、当時の主流から自らを分離したプロテスタントが、さらに自らを精鋭化していく道筋とも見られる。その流れの母体となった啓蒙思想とは、いかなる思想なのか。それをマクグラスは、3つの特徴で言い表す。それらはまず、人間理性の能力の強調による「啓示的事柄の排除」。次に、歴史は均質であるとの主張による、特別な「救いの御業の排除」。さらに、それらからの結論としての「聖書の無謬性の否定」である。その根源は、「その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった」という創世記の記述に見出されるところの、悪魔が提供した、人間理性への全面的信頼の構図であった。
 この恐ろしい思想に、当時まだ生まれたばかりのプロテスタント神学は、どのように対応したのだろうか。彼らは、心を一つにして、神の言葉の純粋性を守り抜いたのだろうか。そもそも神は、なぜそのような試練をプロテスタントに与えられたのだろうか。しかし一方で、そのことのゆえにプロテスタント信仰は、自己を深く見つめ、その神学的基礎を形成していくのである。そのようにして、多くの教派が生まれてきた。この豊かさと多少の混乱は、いったい何を意味するのか。今はもう、かつての啓蒙思想のような恐ろしい思想は、存在しないのだろうか。それとも、もっと危険な思想が忍び寄っているのに気づかずに過ごしているのだろうか。そして、終わりの時代と言われる現代に信仰を与えられた私たちキリスト者は、この時代をどのように生きるべきだろうか。そのようなことをじっくり考える機会を与えられれば幸いである。

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2013/06/03

本の購入

Dsc00916 この本を購入した理由は、と聞かれたら、どう答えようか。まず、値段である。4,500円というちょっとためらわれる値段。その分だけ、内容に期待が湧くし、きっと自分でも一生懸命に読むと思う。それから出版社、キリスト新聞社。ここからは、過去にも購入して面白かった記憶がある。それから、題名「歴史のイエスと信仰のキリスト」これは、いただけない。何か物議を醸しそうで、汚らわしいものさえ感じる。でも副題として、「近・現代ドイツにおけるキリスト論の形成」とある。実は、こちらが本当の題で、前の方は、訳者が勝手に付けたものだった。あと、表紙の絵、ロバに乗ったキリストが2人、一人はカラーで一人はモノクロ。これが何を表すのか、たぶん片方が歴史のイエスで、もう片方が信仰のキリストなのだろう。それから、本をめくって、最後の方の、訳者あとがき。『当然、マクグラスなりのパースペクティヴによって再構成された一つの思想史的ストーリーもあるわけで、彼なりの見解や主張が随所に見られ、、それも興味深いところです。例えばカール・バルトは啓蒙主義者と同じ枠組みにあるというような、いくぶん思い切った主張もなされますし、・・・』とある。これは、大いに面白そうである。ここに至って、もう買いたくてしょうがなくなってしまった。
 それにしても、なぜ、この忙しい時期に、こんな質面倒くさい本を買ったのだろうか。それは、強いて言えば、私の方の責任ではなく、この本がそこにあったからなのだろう。とにかく、私はそれを買わざるを得なかった。何のために。キリスト教について持っている疑問について考えるためである。なぜ、現代のキリスト教は、こんなにだぶだぶで、緊張感がないのか。黙示録でイエス様が言われている、「口から吐き出したくなる」ような宗教なのか。どうしてそうなってしまったのかを真剣に考えてみたかったのである。

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