2010/11/11

地上の王

第2篇
 現代社会には、神を知らない人々が溢れている。彼らは、それぞれに自己の夢を追い、理想を打ち立て、独自のアプローチで領域を拡大している。彼らは、一つのゲームをしているかのようだ。すなわち陣取り合戦である。そして彼らは、そのゲームの中では、互いに敵同士のように見える。覇者は、常に孤独であり、彼に従う者たちの間にも権力争いが耐えない。しかし、聖書によれば、彼らは実は一人の王に従っているのである。彼は、目に見えない王であり、支配せずして巧妙に全地を支配している。地上の諸王は、みなこの影の支配者の誘導により動かされているのである。そして、その者の目的は、天地創造において神が打ち立てた秩序の変革であり、それを破壊し、二度とそこへ戻らないようにすることなのである。彼は、諸王を乱立させることにより、まず絶対的な価値観を相対的なものに変質させ、それにより真理を見えなくする。そして、多様性の目的を神の栄光の賛美から地に引きずり降ろして、それ自体を偶像と化したのである。
 しかし神は、いま新しい王を立てられる。この王は、自分の利益を求めず、ただ天の神の御心をこの地上で行う。それにより、神の創造の目的である古の価値観が復興する。全宇宙は、この目的のために創造された。そして、彼が地上に姿を現すやいなや、この神の最初の目的が今も有効であることが明かとなる。全地がこの新しい王に服従するからだ。

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2010/11/08

神に従う人、逆らう人

第1篇
 ここに2通りの人が示される。一方は、神に従う人、もう一方は、神に逆らう人。しかし、「神に逆らう」とは、どういうことであろうか。「どうしたら世のため、人のためになるだろうか」、「どうしたら、みんなが幸福になるだろうか」、「人生の目的は、何だろうか」。そのような思い、志は、一般的には、良いこと、誉められることとされる。そのように考える人さえ多くはなく、彼は、私欲を捨て、人々のために生き、真理を追求していると受け取られる。しかし、まさに彼が追求しているところの「みんなが幸福になる」ための方法を、彼はどこで探すのだろうか。それを彼は、経験の中で、科学技術の蓄積の中で、歴史の教訓の中で、同士との協議の中で追求するのであり、決して神に求めることをしないのである。彼にとっては、神はあてにならないもの、頼りにならないものである。そして、その理由は、彼が神と親しくないからであり、それゆえ神は、彼の願いを聞かれないのである。
 一方、神に従う人は、自分からは何もしない。彼がすることは、ただ「主の教えを愛し、昼も夜もそれを口ずさむ」ことである。そのような人は、この世の価値観によれば、最も怠惰な人、自分の意見を言わず、すべてにおいて受動的で、何の役にも立たない人であるかもしれない。クリスチャンの中には、そのような人もいるだろう。つまり、その人は、この御言葉を盾に、自分の怠惰を正当化し、しかもそれを信仰深い生活に見せかけようとするのである。なぜそのようになり得るのだろうか。それは、彼が御言葉の中の「汝、成すべし」との命令を無視するからである。しかし、もし人が、御言葉を読み、そこに書かれていることを文字どおりに受け取るなら、そこにどのような責任が生じるだろうか。「自分を捨て、日々十字架を負い・・・」と言われているのであるから。また、「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」と言われているし、「心を尽くし、思いを尽くし、精神を尽くして主なるあなたの神を愛せよ」と言われているのだから。それゆえ、神に従う人とは、つぎのような人である。
 すなわち、常に神の御言葉を心に留めており、そこから決して迷い出さないという堅い決心をし、自分の心を閉ざしている人。どのように魅力的で、心を動かされるようなことでも、その価値を決して自分で判断しない人。まず何をおいても、神を褒めたたえ、神の栄光を求める人。人生の目的を求めず、その時々に神に従うことこそ唯一の生きる目的であると考える人。そのような人を神は祝福し、彼の人生にご自身の栄光を顕されるであろう。

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