2010/09/10

ねむの木と空

Nemu バイクで河原まで行って散歩をした。暗くなりかけた空に、なむの木の花が風にゆれていた。ねむの木の花は、細くて繊細だ。少しの風でもぶれてしまって、写真にはならない。でも、どうせ、ぼやっと咲いているのがねむの木の花だから、それでいいんじゃないだろうか。この日は、青空とねむの木が、仲良く一つの写真に写っていた。こんなことは、ついぞなかったことだ。

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2010/05/26

のぎく

Nogiku この花に出会ったとき、思わず「ありがとう。」と声を出してしまった。本当にありがたかった、この淡い桃色が。ちょっと心が渇いていたときだったから。

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2010/05/25

すみれ

Sumire これは、散歩のときにみつけた野生のすみれ。きみは、花だけじゃなくて、茎や葉っぱのふちまですみれ色なんだね~。

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2010/04/13

花ミズキ

Winter_2 Spring
 あの冬の日には、そう思っていた、「あのつぼみは、ついに咲けなかったのか」と。でも、そのつぼみは、厳しい風雪に耐え、春になって花となった。それは、枯れたように見えた。雨にふやけ、太陽に干からび、また雨に打たれ、乾燥し、その繰り返しの後に、その枯れた皮が落ちて、中から花が出てきたのではなかった。その枯れたように見えた皮に、いのちの緑が通い始める。空に向かって伸び始める。まるで、回りながら飛んで行ってしまいそうに。その枯れた皮が、そのまま花となった。これが、花ミズキだったのだ。


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2010/03/28

よく見かけるけど名前は知らない花

Usagi 見る角度によっては、うさぎのようでもあり、蝶々のようにも見え、またスミレのようでもあり、かわいいヘビのようにも見え、とにかく、けっこう素敵で、うつくしく、親しみのある花だなー。

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2010/01/17

越冬

Mebae 枯れたように見える木の枝にも、良く見ると芽がついていることがある。春を待たずに、芽を吹き、寒さに耐えて春の芽吹きを待つ。地面に早くも芽を出したこの草を見ていると、私が立っているこの地球が一つの大きな木であるように思えてくる。この小さな名もない草の芽吹きが途方もなく大きな天体を思い出させるのは、その内に秘められた生命力の勢だろうか。

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2009/12/31

もぐら

Mogura1 あのペットボトルのカタカタは、やはり効果があるらしい。その証拠がこの写真。たたかいは日夜行われている。これは、まさに信仰の戦いと似ているように思う。まず、相手が直接には見えないというところ。それから、経験や知識がものを言うというところ。あとは、消耗戦なので体力を温存した方が有利だというところだろう。

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2009/12/28

もぐら

Mogura モグラは土の中にいる。目には見えないが、ねずみより大きいのが、土の中を這いまわり、作物の根を食い荒らすらしい。でも、なにか、こう、カタカタ言う音が嫌いなのらしい。たとえば、竹竿の先に刺したペットボトルが風でカタカタ鳴る音なんかも、どうもがまんできないらしいのだ。

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2009/12/20

ここにも

Materflower これは、いつだったか、川の土手を歩いていたら、わだちに残った、束の間の小さな水たまりのぬかるみで花を咲かせていた草にちがいない。こんなところにも来ていたのか。ここは、私の家の水道メーターのくぼみである。水の匂いを嗅ぎつけて、そこに根を下ろす。これほどしたたかな生命力を持った草を私は見たことが無い。しかも、あのときはたしか夏の暑い日だった。今は冬たけなわのクリスマスの頃。わずかな日差しの残る間に、さっと花を咲かせて散っていく。何という早業だろう。そして、そこにどんな目的が。しかし、一つ確かなことは、神がこの草に、芽を出し、花を咲かせる環境と時間を与えられ、「咲きなさい」と言われたということだ。

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2009/11/26

京市場

Itiba1
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 これらは、さながら京都の市場に咲き乱れる、「野の花」のように見える。一つ一つ見ていて飽きないし、そこを行き交う人々にも飽きない。その中をもまれて行くことの無上な喜び。あの萩原朔太郎の歌を思い出した。 いつもは、こんなことしないのだが、今日は、その歌を引用してみたい。

『群集の中を求めて歩く』
 私はいつも都會をもとめる。都會のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる。群集はおほきな感情をもつた浪のやうなものだ。どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛欲とのぐるうぶだ。ああ、ものかなしき春のたそがれどき。都會の入り混みたる建築と建築との日影をもとめ、おほきな群集の中にもまれてゆくのはどんなに樂しいことか。みよこの群集のながれてゆくありさまを。ひとつの浪はひとつの浪の上にかさなり、浪はかずかぎりなき日影をつくり、日影はゆるぎつつひろがりすすむ。人のひとりひとりにもつ憂ひと悲しみと、みなそこの日影に消えてあとかたもない。ああ、なんといふやすらかな心で、私はこの道をも歩いて行くことか。ああ、このおほいなる愛と無心のたのしき日影。たのしき浪のあなたにつれられて行く心もちは涙ぐましくなるやうだ。うらがなしい春の日のたそがれどき、このひとびとの群は、建築と建築との軒をおよいで、どこへどうしてながれ行かうとするのか。私のかなしい憂鬱をつつんでゐる、ひとつのおほきな地上の日影。ただよふ無心の浪のながれ。ああ、どこまでも、どこまでも、この群集の浪の中を、もまれて行きたい。浪の行方は地平にけむる。ひとつの、ただひとつの「方角」ばかりさしてながれ行かうよ。

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