2008/12/31

神の安息

歴代誌下 第36章
 ヨシヤの死後、人々はその子ヨアハズをユダの王とした。ヨアハズは、父ヨシヤの後を継いで国を立て直そうとしたのだろう。しかしエジプトの王ネコは、一度獲得したユダへの覇権を手放さなかった。そして、ヨアハズを退位させ、代りにその兄弟エリヤキムをヨヤキムと改名させてユダの王とし、科料として多大な金銀を要求した。一方ヨアハズは、ネコに捕らえられてエジプトに連れて行かれてしまった。
 ヨアハズの代わりに王となったヨヤキムは、ネコの手先となって、国民に重税を課し、また偶像崇拝を蔓延させた。神は、ユダを裁くために、バビロンの王ねブカドネツァルを備えられ、エルサレムに攻め行かせられた。ヨヤキムは捕らえられ、青銅の足枷をはめられてバビロンに引いて行かれた。またネブカドネツァルは、主の神殿の祭具類もバビロンに持ち帰り、彼の宮殿に納めた。その後、ヨヤキムの子ヨヤキンがユダの王となったが、彼もまたネブカドネツァルにより、残った神殿の貴重な祭具類と共にバビロンに連れ去られた。
 神は、燃えるような怒りを表されながらも、まだユダを哀れんでおられるように思える。しかし、たとえ彼らが悔い改めて主に立ち帰ったとしても、もはや積み重ねられてきた神の怒りの火を消すことはできなかったろう。神は、義なるお方であり、ご自身を軽んじる者の罪を裁かずには置かれないからである。そこで、神が怒られているのは、これまでに犯されてきたイスラエル民族のすべての罪のためである。神が義である限り、たとえどのような償いが行われようと、それら過去の罪が裁かれずに済むということはないのである。もし神が、中途半端にイスラエルの罪を赦すということがあるならば、まさにそのことにより、神ご自身が義から脱落される。そして、そのように脱落した存在には、神の民イスラエルを祝福することは不可能である。神が創造された民イスラエルは、そのように聖なるものとして創造されたのである。しかし、アダムの離反により堕落した人間の罪は、この聖なる民イスラエルにも受け継がれた。そこで、イスラエル民族が生き続ける限り、そこに神の怒りが注がれ、また新たな罪が行われ、そしてその罪の悪循環は、決して終わることがないのであり、神は永遠にイスラエル民族を赦すことができないという状態に留まることになる。それゆえ、このとき神は、何よりも安息を求めておられた。自らの義のゆえに、イスラエルの罪を赦すことのおできにならない神にとって、そして、ご自身の民イスラエルを哀れみ、それを滅ぼし尽くすことを望まれない神にとって、唯一の道は、イスラエルから御顔を隠されることだったのである。そして、預言者エレミヤに賜った言葉の通りに、イスラエル民族はバビロンに捕囚として連れ去られ、その地はついに安息を取り戻した。しかし、それですべてが終わった訳ではなかった。神は預言者エレミヤに賜った言葉の通りに、70年の後に、再びご自身の民イスラエルを顧みられ、捕囚の地バビロンから、ご自身の民に与えられた約束の地にイスラエル民族を連れ戻すことを始められたのである。
 この果てしない生成と消滅、構築と破壊の繰り返しは、いったいなんだろう。アダム以来、何度イスラエルは神に背き、裁かれ、苦難の中で悔い改めて神に立ち返り、神の哀れみにより再び神の祝福を回復し、また罪を犯し、神に背き、・・ということを繰り返してきただろうか。それは、出エジプト記、士師記に記され、さらに列王記と歴代誌もに際限なく繰り返されてきた。そして、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記に記された神の民の復興もまた、その後のローマ帝国による征服と支配の前触れに過ぎないとしたら。しかしそうではない。これは、無意味な繰り返しではない。前論に書いたように、歴代誌において、神への礼拝は、この地上での一つの完成を見たのである。たとえそれが、イスラエル民族の罪により、無意味なものになってしまっていようとも。それは、天の雛形がこの地上に焦点を結び、イスラエル民族の長い歴史を通して、すばらしい体系として完成したのである。そしてそれは、条件さえ整えば、燦然とこの地上に輝き出て、その栄光を放つのであり、それをヨシヤ王が実証したのであった。
 そして神は、この歴代誌の後に、さらにもう一度ご自身の栄光をイスラエル民族の中に回復しようとされたのであり、預言者エレミヤは、そのことを預言したのである。それは、何のための復興なのか。おおそれは、今日を生きる私たちのためなのである。エズラ記に記されている城壁すなわち街の復興と、ネヘミヤ記に記されている民族の復興こそが、キリストの後の時代、すなわち終わりの時代としての現代における信仰復興(リバイバル)への天からの啓示なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人の罪

歴代誌下 第35章
 ヨシヤ王は、その治世第18年に、エルサレムにおいて主の過越祭を盛大に祝った。ヨシヤ王は民のために羊、小羊、子山羊を提供した。これらは皆、そこにいるすべての人の過越の生け贄のためであり、その数は三万匹、牛も三千頭に及んだ。これらは王の財産の中から提供された。高官たちも、民と祭司、レビ人のためにすすんで提供した。預言者サムエルの時代以来、イスラエルにおいてこのような過越祭が祝われたことはなく、ヨシヤが祭司、レビ人、そこに居合わせたすべてのユダとイスラエルの人々、およびエルサレムの住民と共に祝ったような過越祭を行った者は、イスラエルの歴代の王の中に一人もいなかった。
 ヨシヤが神殿を整えるために行ったこれらのすべての事の後、エジプトの王ネコがユーフラテス川の近くのカルケミシュを攻めようとして上ってきた。ヨシヤはこれを迎え撃つために出陣した。そして、結局ヨシヤは、エジプトの王ネコとの戦いに敗れて戦死してしまうのである。ユダとエルサレムのすべての人々がヨシヤの死を嘆いた。
 いったい何が起こったのだろう。神はなぜ、ヨシヤを戦死させられたのだろうか。しかし、神はかつてヨシヤに、「あなたは安らかに息を引き取って墓に葬られ、わたしがこの所とその住民にくだす災いのどれも、その目で見ることはない」と語られた。そして、それを実行されたのである。つまりバビロン捕囚の前に、神はヨシヤを御元に召されたのである。神は、エジプトの王ネコを急がせられた。それは、ユダとイスラエルの背信により、神の怒りがすでに激しく燃え上がっており、もはやそれを収めることはできなくなってしまっていたからである。神は言われた、「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う」と。
 ヨシヤの戦死により、イスラエルに起こった信仰復興は、一瞬の内に消失してしまった。本当は、ヨシヤのもたらした信仰と祭儀の復興が、その後も人々により、永く継続すべきであったのに、実際にはそうはならなかった。それゆえエレミヤは、ヨシヤ王の死を悼んで哀歌を作ったのである。男女のすべての歌い手がその哀歌によってヨシヤを語り伝えるようになった。信仰とは、いったい何だろう。アブラハムのような信仰者も、ダビデのような神に忠実な人も、その子供には影響を与えることがないとは。ヨシヤのような神に忠実な人が、国の中に大いなる信仰覚醒の偉業を成し遂げたとしても、その人が世を去ると、その教えは何事もなかったように忘れ去られ、神の祝福により栄えた都も一瞬にして朽ち果ててしまうとは。ちょうどエレミヤが、「栄光はことごとくおとめシオンを去り、その君候らは野の鹿となった」と嘆いたように。
 これがこの世界の繁栄であり、知恵であり、幸福なのである。イスラエルの栄光であるユダの歴史は、この歴代誌に綴られ、そこには、天地を造られた全能の神をこの地上の全存在を賭けて、どのように礼拝したかが記されている。神は、イスラエルをエジプトから導き出し、荒野で彼らに顕現し、聖なる幕屋の構造を啓示し、驚異的にもそれを現実の世界に具現化された。しかも何もない荒野の真っ只中において。ダビデは、それらを受け継ぎ、神に従う信仰と来るべき王の愛と誉れ、燃やし続けるともし火、絶えず捧げられる讃美等々、彼自身の生涯の中で神を礼拝し、おびただしい詩篇を詠んだ。ダビデの生涯こそは、神への礼拝そのものだったのである。それゆえ神は、ダビデをキリストの父と呼ばれるのである。そしてソロモンは、父ダビデの貯えた財産と資材を用いて、それまでのすべての蓄積を神殿という形で具現化した。イスラエルのこれまでのすべての信仰の遺産は、ソロモンにおいて、神殿と祭儀という形で、継続可能、永遠に持続可能なもの、サステーナブルなものに集大成されたのである。ここにおいて、ダビデが死んでも、ソロモンがこの世を去っても、神殿と祭儀が続く限り、イスラエルにおける全能の神への礼拝は、継続可能なものと成り得たのであり、神はそれを意図しておられたのである。ああしかし、それも所詮、空しいものであることが明らかになってしまった。私たちは、決して思い違いをしてはいけないのだが、それらは継続可能なように造られていたのである。そして、それは継続可能だったのである。神がそのように意図されていたのだから。そして、神は、それが可能だと思われたからそうされたのである。たとえアダム以来の罪が人の中に巣食っていようとも、それが可能なように神は意図されたのである。ああしかし、それでも、それでも人は、神を礼拝したがらなかった。人は、徹底的に神から離れて行こうとしたのであった。それゆえ、神の怒りが燃え上がり、もはや静めることが不可能となってしまったのである。かくして、ヨシヤが安らかに世を去り、その亡骸が諸王の墓に納められて後、イスラエルは、バビロン捕囚に向かって突き進んで行くのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/29

愛による畏れ

歴代誌下 第34章
 神の裁きによる個人的なバビロン捕囚により悔い改めて主に立ち返ったマナセの信仰も、その子アモンには伝わらなかった。神を信じる者の幸福は、その者にしか分からない。そして、その繁栄は、神に逆らう者の繁栄と外見上は区別がつかない。それは、受け取る側の心によるのだからである。
 しかし、アモンが謀反により殺された後、国の民たちは、謀反を起こしたすべての者を討ち、その子ヨシヤをアモンの代りに王とした。このように、不思議なことだが、時として民衆が神に対して一人の人のように振舞うことがある。神が聖霊を注がれ、国に神を求める意識が芽生えることがある。それは、一方的な神の恵みである。そのようにして、ヨシヤに神の霊が働いていたのだろう。彼には、父祖ダビデのように神を愛する心が与えられていた。彼は、まだ若かったときに、父祖ダビデの神を求めることを始め、即位12年にして、ユダとエルサレムにあったすべての偶像を排除した。その後、彼はマナセ、エフライム、シメオン、さらにナフタリにまで及ぶ地方も含め、イスラエルの国中で異教の祭壇やアシュラ像を取り壊し、エルサレムに帰った。これは、人間の考えではない。神が愛されるのは、全イスラエルだからである。そして、ヨシヤはその心を神と共有していたのである。
 イスラエルを清めたヨシヤは、次にエルサレムの神殿の修理に取り掛かった。その資金としての献金を宮から取り出していた祭司ヒルキヤがモーセによる主の律法の書を見つけ、書記官シャファンに渡し、シャファンがそれをヨシヤ王の前で朗読した。シャファンは読み上げながら、その意味が分からなかったが、ヨシヤにその意味が啓示された。確かに啓示は、神から来る。そして、それが示された者だけがその意味を理解することを許される。しかし、同時にそれは、受け取る側の心、すなわち主を愛する心に共鳴するのである。ヨシヤに与えられていた、父祖ダビデのように主を愛する心が律法の書の朗読を聴いたとき、それが激しく鳴ったのである。ヨシヤは書記官シャファンに言った、「この見つかった書の言葉について、わたしのため、イスラエルとユダに残っている者のために、主の御旨を尋ねに行け。我々の先祖が、主の言葉を守らず、この書物に記されたとおりにすべての事を行わなかったために、我々の上に注がれた主の怒りは激しいからだ」。ヨシヤは、主を恐れた。しかし、それは愛による畏れであった。この心は、ただ主を愛する者だけに理解できる。それは、彼の父祖ダビデと同じ心である。ダビデは、イスラエルの人口調査をして主を怒らせたときに、「主の御手にかかって倒れよう。主の慈悲は大きい。人間の手にはかかりたくない」と言った。ここには恐怖心はなく、ただただ主を畏れ敬い、何をおいても主を第一に愛する心だけがあるのだ。
 神は、女預言者フルダにより、ヨシヤの愛に答えて語られた。「あなたはこの所とその住民についての主の言葉を聞いて心を痛め、神の前にへりくだり、私の前にへりくだって衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしはあなたの願いを聞き入れた。あなたは安らかに息を引き取って墓に葬られ、わたしがこの所とその住民にくだす災いのどれも、その目で見ることはない」と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/26

罪の呪いからの解放

歴代誌下 第33章
 ヒゼキヤが晩年に主の恵みから落ちてしまったことは、その子マナセにも影響を与えたのだろう。彼は、そのように気むずかしい神よりも、手近な異境の偶像に望みをおいた。彼は、父ヒゼキヤが取り壊した高台の祭壇やバアルの祭壇、アシュラ像を復活させた。彼は、それら異教の神々によって国中に偶像崇拝を蔓延らせ、自らもそれらの偶像に仕えた。
 このように信仰は、一人々々の事柄なのであり、それは遺伝することもなく、いつも人生において、一から始まるのであり、それが信仰における本質的なことでもある。つまり人の一生は、1冊の聖書全体が表している広大な救済史に対応しているとも言えるだろう。そこで、父ヒゼキヤが獲得した信仰は、その子マナセには、引き継がれることなく、またしてもユダは創造者なる神から離れてしまうこととなった。
 そこで神は。アッシリアを奮い立たせてユダを攻めさせられた。マナセは捕らえら、鎖につながれてバビロンへ連れて行かれた。しかし彼は、そこで受けた苦難を通して悔い改め、全能の神に立ち帰り、主に向かって叫び祈ると、神は彼の願いを聞き入れられ、彼をユダに連れ帰られた。その後マナセは、国中の偶像を取り除き、イスラエルの神の祭壇を築き直し、そこに感謝と和解の生け贄を捧げ、人々にイスラエルの神、主に仕えるように命じた。
 それにしても、このような背信と悔い改めの延々たる繰り返しは、いつまで続くのだろうか。しかしそれは、たぶん永遠に続くと思われる。人の寿命が有限である限り。その限られた一生が終わるたびに、その人が培った信仰は白紙に戻り、彼の後の人がその恩恵に与ることはない。たとえ彼が周到な教育制度を構築し、神を敬うための堅固な法律を制定したとしても、その後に何代かの世代を重ねるうちに、やがてその精神は忘れ去られ、再び混沌とした状況に回帰するに違いない。かつてのモーセの律法でさえ、守られなかったのだから。それは、まさに呪いであり、アダムの罪の継続である。この呪いから解放される道はないのだろうか。
 それがまさにイエス・キリストの恵みなのである。キリストは、自らの体で人類の罪に打ち勝ち、悪魔に勝利された。そして彼は、復活して永遠に生きておられるゆえに、私たちを常に導き、助け、罪を犯すことから永久に守ることがお出来になるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/25

第三の試練

歴代誌下 第32章
 ヒゼキヤがユダとイスラエルに大いなる信仰復興をもたらす偉業を成し遂げた後に、アッシリアの王センナケリブが攻めてきて、ユダの街々に侵入し、それらを攻め取ろうとした。
 神は、ご自身を信じ従う者たちを祝福し、あらゆる敵や困難から守ってくださる方であり、その神の守りにより、かつてヒゼキヤは力を増し、彼自身もさらに神に信頼し、神を愛するようにされた。
 ああしかし、神は、そのようにご自身を愛し、従い続けようとする者に試練を与えられる。そのことによって、その者が神から離れ、神に背をむけることになるかもしれないという危険をあえて犯してまで、神はその者に試練を与えられるのである。もし、神がその者にそのような試練を与えず、変わらぬ祝福を与え続けられたならば、その者は、いつまでも神に忠誠を尽くしたであろうに。しかし神は、彼のその忠誠を打ち壊したいと思っておられるかのように、言わばあえて彼の敵となられるのである。なぜであろうか。それは、神が彼との関係を永遠のものにすることを願っておられるからである。永遠の関係とは、なんであろうか。それは、どんな試練に遭っても変わることのない関係であり、それは、神との個人的な関係を意味するのである。もちろん神は、すべての人を知っておられるのだが、その人が神に個人的に知られるということは、たとえば、モーセやダビデのように知られることを意味するのである。そのとき、永遠でないものは、揺り動かされることにより、その存在が明らかにされ、取り除かれることになる。神はまさに、そのようにされるのである。
 もし、あなたが神との個人的な関係に入りたいと願うなら、あなたは神の与え給う試練に合格しなければならない。それなくして、あなたが神の友となる道はない。神の友とは、キリストが弟子たちを友と読んだその友のことである。
 ヒゼキヤは、神の与えられた最初の試練に勝利した。アッシリアの王センナケリブが攻めて来てユダを取り囲んだとき、ヒゼキヤが神に祈り訴えると、その夜に主の遣いが出て行ってアッシリアの軍勢を討ち滅ぼした。しかしその後神は、第二の試練を彼に与えられた。それは、病の試練である。ヒゼキヤは、最初高慢になったが、その後、神の前に遜り、この試練にも耐えた。神はさらに、第三の試練をヒゼキヤに与えられた。それは、この世の友の試練である。この試練には、ただ神のみを愛する者だけがパスすることができる。ヒゼキヤは、この最後の試練に破れてしまった。彼は、神殿の中のものを異邦人の使節に見せてしまった。神は、先の二つ目の試練においては、ヒゼキヤにやり直しを許された。しかし、この三つ目の試練においては、それは許されなかった。というのは、この試練は、やり直しの利かないもの、一度しかチャンスの与えられないものなのである。かつて、この第三の試練に合格したものはいなかった。実に、あの神の人モーセも、約束の地を前に、この試練に破れてしまった。それに合格したのは、我らの主イエス・キリストただお一人なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/24

神への愛

歴代誌下 第31章
 2週間に渡る祭りを終えた者たちは、その後、ユダの町々へ出て行って、石柱を砕き、偶像を切り倒し、高台と祭壇を破壊し、ユダ全土、ベニヤミン、エフライム、マナセからそれらを徹底的に除き去った。このことは、ウジヤ王にも出来なかったことであり、ヒゼキヤは、民の教育や特別な統制力の強化なしにそれを成し遂げたのであった。神の御心に沿った祭りにおける礼拝により、民の心が神に近づけられ、根底から変革され、新しい命と息吹が彼らに吹き込まれることにより、神を慕い愛する心が彼らに与えられたのであった。
 しかしヒゼキヤ王は、そのような民の熱心が長く続かないことも知っていた。そこで彼は、神殿における奉仕のための祭司の組み分けやローテーション、民の捧げ物に関する取り決めと運用の指導等々、一連の祭儀の継続に必要なすべてのことを滞りなく実施した。
 すなわち、まず民の心を神に向けること、次に神への愛を育むこと、そして、そこから出る奉仕を誘導すること、またそれを日常的に継続することすなわち、民が真に、神との関係に入り、神の民としての命に生かされることである。ヒゼキヤは、この順序を心得ていたのであり、それは再び、彼自身が、神を愛する霊に満たされていたからであった。
 ヒゼキヤ王は、神殿における奉仕について、また律法と戒めについて、神を求めて始めたすべての事業を、心を尽くして進め、成し遂げたのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/22

過ぎ越しの祭り

歴代誌下 第30章
 ヒゼキヤは、かつて行われていたが今は行われなくなってしまった過ぎ越しの祭りを祝おうと思い立った。しかも、それをユダだけでなく、全イスラエルと共に祝おうと思ったのである。この彼の思いは、まさに地上のことではなく、高い高い天上のものであった。そうでなかったなら、なぜ一度は自分たちを攻撃し、捕虜にした敵国イスラエルと共に神を礼拝しようと考えられただろうか。ヒゼキヤの心は、神と結びついており、彼は、自分の思いではなく、ただ神の望まれることを意志したのであった。そして、全イスラエルに向けて遣いを出した。彼こそは、ヤロブアム以来、分裂していた神の民を霊的に一つにすることを実践した人であり、歴代誌における重要人物なのである。
 しかし、北イスラエル王国の中には、このヒゼキヤの思いを受け止めることのできるほどに高い思いを持つ者は少なく、彼らはヒゼキヤの遣いを嘲った。しかし、いくつかの氏族は、ユダと共にヒゼキヤの元に集まってきた。そして、祭りが盛大に行われることになった。それは、ソロモンの時代以来、行われたことのないようなものであった。
 ヒゼキヤは、民にこの祭りの意味を語った。それは、民の心が神の元に完全に帰ることであり、それにより、神もまた彼らの元に帰られること。そして、さらにそれにより、不信仰により、敵の手に渡され、捕らえ移されて行った同胞たちが再び自由の身となり、彼らの元に戻って来ることなのである。
 彼らは、このような祭りには慣れておらず、その規律も厳格に実行できなかったが、神はヒゼキヤの祈りにより、彼らを受け入れてくださった。そして、彼らは7日間神のために大いに喜び祝ったが、さらに7日を祭りに費やすことを喜びをもって決意し、それを実施したのであった。これらは、まことにダビデが主の前に踊ったような、そして、幕屋の前で絶えず讃美を捧げさせたことに匹敵する清い行いであり、民はそのような天的な思いをヒゼキヤとそして神と共に共有したのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/18

神の奴隷

歴代誌下 第29章
 アハズの次にユダの王となったヒゼキヤは、心を尽くして主に立ち帰り、レビ人に命じて、まず主の神殿を隅から隅まで清めさせた。ヒゼキヤは、即位した年の第1年の第1の月の1日からこれを開始し、その月の16日にこれを完了した。つまり彼は、王となったとき、まず何をおいても、主の神殿の聖別に取り掛かったのであり、それが彼にとっての最優先事項だったのである。彼は、国民に律法教育を始めたりはしなかった。また、周りには敵対する国がいくつもあったが、軍隊を整えることもしなかった。彼は、それらを捨ておいて、まず主の神殿を聖別した。それは、天の神と契約を結ぶためであった。
 私たちは、日常生活において、神に仕えるために、何を優先しているだろうか。聖書の学びだろうか、それとも良い行いか、または奉仕だろうか。私たちには、イエス・キリストの恵みが与えられている。それは、それまでにかつてなかった絶大な恵みであり、信じる者に無償で与えられる。しかし、私たちは、その恵みが契約であることを忘れている。このときは、ヒゼキヤが神と契約を結んだ。彼は、雄牛7頭、雄羊7頭、小羊7頭、雄山羊7頭を引いて来て主の前でほふり、その血を祭壇に注ぎかけた。しかし、かの日にあっては、神の小羊が、その清い血を十字架に注ぐことにより、神と契約が結ばれたのである。だからそれは、神から一方的に差し出された無償の恵みなどではなく、大きな代償が伴ったものなのである。それゆえ、私たちは、自由になったのではなく、この御子による契約に縛られるものとなったのであり、事実パウロが言うように、私たちは、イエス・キリストの奴隷なのである。これが契約の本質なのであり、イエス・キリストは、歴代誌に記され、そのすべての目的としての神と人との間の完全な契約を成就したのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/17

神の望み

歴代誌下 第28章
 ヨタムの次にユダの王となったアハズは、ヨタムのように生温い存在ではなく、むしろ信仰的に冷たい存在であった。そこで神は、アハズが行った悪行に対して、予め備えておられたアラムの王レティンとレマルヤの子ペカを差し向けられた。しかしその目的は、その敵をもってユダを滅ぼすことではなく、そのことを通して、返ってユダが信仰を奮い起こして、主なる神に立ち返ることだったのである。神はかく、暖かくもなく冷たくもなく生温い者を口から吐き出され、返って冷たい者に望みをかけられるのである。そして、預言者イザヤを通して、溢れるばかりの恵みの言葉をユダに賜った。
 神は、預言者イザヤを通してアハズに言われた。「アラムを率いるレツィンとレマルヤの子が激しても、この二つの燃え残ってくすぶる切り株のゆえに心を弱くしてはならない。・・・・それは実現せず、成就しない」と。そして、主なる神に助けを求め、それが来ることの確証として「しるし」を求めよと言われた。しかしアハブは、神に救いを求めることをせず、返って強国アッシリアの王に財産を差し出し、助けを求めた。そしてアッシリアの神々を礼拝するためにユダの神殿にアッシリアの祭壇を築き、その前に犠牲を捧げた。アッシリアの王は、一度はアハズの言うことを聞き入れ、ダマスコに攻め上ってアラムの王レツィンを殺した。しかし、このアッシリアの王こそは、神がユダを打つために用意していた器だったのであり、その後、アッシリアは、ユダにとって脅威となった。アハズは、主なる神から離れ、神殿の扉を閉じてしまい、アッシリアの神に仕え、それを拝み続けた。
 神はイザヤに言われた、「あなたたちはこの民が同盟と呼ぶものを何一つ同盟と呼んではならない。その前におののいてはならない。万軍の主のみ、聖なる方とせよ」と。そして、イザヤは言った、「わたしは弟子たちと共に証の書を守り、教えを封じておこう」と。それは、アハズが神の望みに応えることをせず、返って神殿の扉を閉ざしてしまったからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/16

ヨタムの体温

歴代誌下 第27章
 ウジヤの子ヨタムは、25才で王となり、16年間王位にあった。彼は、父ウジヤの若いころのように、主の目にかなうことを行い、神の助けを得てアンモン人と戦い、これを征服したので、彼らはヨタムに貢ぎ物を納めるようになった。また彼は、城壁を修理し、門や塔を多く建設した。しかし彼は、聖なる高台は取り除かなかったので、民たちはそこで異教的な崇拝を行っていた。
 ヨタムがどのような経緯で、41才の若さにしてこの世を去り、その子アハズに王位を譲らなければならなかったのかは、この歴代誌にも列王記にも、またイザヤ書にもほとんど何も書かれていないので、実際のところは分からない。しかし、これは神の配剤ではなかったのだろうか。
 つまり、ヨタムは、言うなれば、暑くもなく冷たくもなく、生温い器であったのだろう。そのような彼が、このままユダの王を続けていても、何も新たに生み出されるものはない。確かに、神に従順であったことにより、ヨタムは神から祝福され、神の助けを得て、ユダは勢力を回復することができた。しかし、ユダの人々の信仰には、何も変化がなかったのである。
 神は、すでにこのころから、アラムの王レツィンとレマルヤの子ペカをユダに差し向けようと準備しておられた。それは、預言者イザヤを通して、ユダの信仰を喚起するためであった。しかし、そのことをヨタムの治世には、行うことができなかった。ヨタムが神に従って生きていたからである。そこでヨタムは、祝福された生涯を閉じなければならなかった。この世界において重要なことは、個人の人生が祝福されるとか、そういうことではないのであり、歴代誌は、ユダにおける神殿の建設と礼拝について記しているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

おみやげの写真 | そうじゃな~い! | たわいのないものたち | とりとめのない話 | イザヤ書研究 | エズラ記研究 | エゼキエル書研究 | エックハルト研究(参考文献:「エックハルト説教集」 田島照久編訳:岩波文庫) | キリスト信仰の体験記 | キリスト教の疑問 | キルケゴール研究(参考文献:「死に至る病」:斉藤信治訳:岩波文庫) | サムエル記上研究 | サムエル記下研究 | ドン・キホーテ前篇(一) | ニーチェ研究(「ツアラトストラ(上)」より) | ネヘミヤ記研究 | ビジネスマンへの道 | ブルトマン研究(著書:「イエス」より) | ボンヘッファー研究(「共に生きる生活」より) | マクグラス研究(歴史のイエスと信仰のキリスト:近・現代ドイツにおけるキリスト論の形成) | マタイの福音書研究 | マルコの福音書研究 | ヨハネの福音書研究 | ヨブ記研究 | ルカの福音書研究 | レビ記研究 | ローマ人への手紙研究 | 主イエスのしもべ | 人生の問い | 伝道メッセージ | 使徒行伝研究 | 六弦 | 出エジプト記研究 | 列王記上研究 | 列王記下研究 | 創世記研究 | 情報宣教方法論 | 新改訳聖書に関する疑問 | 新約の時代 | 新約聖書研究 | 歴代誌上研究 | 歴代誌下研究 | 死人がよみがえる | 民数記研究 | 病人をいやす秘訣 | 私のたからもの | 続・エックハルト研究(福音信仰からの光) | 続・ニーチェ研究(「ツアラトストラ(下)」より | 続・ブルトマン研究(ヨハネの福音書) | 続・ボンヘッファー研究(「行為と存在」より) | 続・マタイの福音書研究 | 続・新改訳聖書に関する疑問 | 続・続・エックハルト研究(批評) | 続・続・続・エックハルト研究(信仰の刷新を求めて) | 続・続・続・続・エックハルト研究(キリストのうちに自分を見いだす) | 続・続・続・続・続・エックハルト研究(神の子とされる) | 続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(神に仕える) | 続・続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(神に知られる) | 続・続・続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(神秘主義の光) | 続・続・続・続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(神との合一) | 続・続・続・続・続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(認識の光) | 続・続・続・続・続・続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(変容) | 続・続・続・続・続・続・続・続・続・続・続・続・エックハルト研究(王) | 聖書に関する随想 | 聖書の実装 | 聖書の矛盾研究(「バカダークファンタジーとしての聖書入門」を読んで) | 聖霊の賜物を受ける | 解析学研究 | 詩篇研究 | 道を走る | 遠藤周作研究(「沈黙」より) | 野の花 | KJV翻訳:その意図 | KJV翻訳:創世記