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2018/08/22

この先の人生

 私の見た夢で、不思議に現実になっていることが二つある。その一つは、私が持っているクラシックギターで、これは、かつて夢に見たものと本当に瓜二つであり、それが偶然に手に入り、今も私の最愛の楽器なのである。もう一つは、バイクである。これもあるとき夢に見たのだが、そのときは、免許も無かったし、自分がバイクに乗るなんてことは、まったく思いもよらなかった。でも、その夢に出てきたのと同じバイクが今目の前にあり、毎日乗っているのである。そんな訳なのか、そうでもないのか分からないが、ある預言者が私に、「あなたは、ヨセフ・ダニエル・ビジネスマン。」という預言をしたことがあり、その預言が私の人生を変えてしまった。
 それと、ちょっと関係あるかも知れないのだが、あれはもう、15年以上前だと思うのだが、神様に本気でお願いしたことがあった。それは、「私の人生が、もはや、私の自由ではなくなって、神様によってがんじがらめにされ、半強制的に導かれ、神様の栄光を現すために存在するようになること」であった。私が憧れていたのは、旧約聖書の預言者たちの人生であった。そして、今、それが実現していると実感している。
 定年後に、自分の住む街に入り込んで伝道したいと思い、技術事務所を開設し、いろいろな人と関係を持ちながら、街の色々なことが分かってきた。そして3年後に別の会社を立ち上げた。でもその会社は、全然自分の願いではなかった。2つも事業ができるわけがない。もう若くないし、できればやめたかった。でもそうならざるを得なかった。そして、今は、髪の毛が抜けそうに大変であり、この状況から逃げることはできない。しかし、それと同時に、また一方で大きな可能性が開かれてきていることを感じている。私の人生は、もはやがんじがらめにされているのである。神様は、私の人生に目的を持っておられると強く感じる。そしてこの、設立以来延々と続く自転車操業の会社が神様のご計画であり、神様がこれを用いて、私の街に影響を与えようとしておられることを確信するようになった。
 そして、次に目指している「この先の人生」なのだが、それは、本当にすばらしい人生なのである。それは、一言で言えば、「イエス・キリストを生きる人生」ということだ。つまり、主イエスが、「子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。」と言っているが、そのような人生である。
 独立してから今まで、本当に大変だったので、そして、がんじがらめのように感じていたので、何か神様のことを恐ろしいような、怖いような、厳格なような、そんな風に感じるようになってきてしまった。でも、ビル・ジョンソンがコリント書から「主に向くなら、覆いは取り除けられる」とのメッセージを語っていたのを聞き、私は、「神の愛」と「神を愛すること」を忘れていたと思い至った。彼は、「私は、常にたった一人のためだけに演奏する」と言った。人生をである。今こそ、私は神様との「愛の関係」をもう一度取り戻さなければならない。神様にすべてを委ね、あらゆる心配を払拭し、神様が示したことだけを行い、それ以上に出ないことを学ぶ必要がある。そのとき、このがんじがらめの人生から再び開放され、真の自由を体験することができるだろう。それが、私の人生の究極的な目的なのである。

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