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2015/08/06

○○○殺人事件(34章)

 ヤコブの一人娘のディナが土地の娘たちに会いに出かけて行ったところ、その土地の首長であるヒビ人ハモルの息子シケムが彼女を見かけて捕らえ、共に寝て辱めてしまった。それを知った兄たちは、策略を立て、シケムにディナを嫁がせる条件として、その土地の男全員が割礼を受けることを切り出した。彼らがそれを受け入れ、3日目に傷の痛みに苦しんでいるところを兄たちが襲い、彼らを虐殺し、財産を略奪した。
 なぜ、このような悲惨な出来事が起こったのだろうか。これは、聖書に記された出来事であるところに大きな違和感がある。しかし実際は、聖書は、このような残虐な出来事に満ちているのである。しかも、神の民と言われるイスラエル民族も大規模な虐殺を繰り返してきたのである。これは、いったいどういうことなのだろうか。
 それと同じような疑問を、よく人は提起する。神がおられるのに、なぜそのような悲惨な出来事が起こるのか。これでは、神も仏もないではないか。しかし、聖書は公然とその事実を記し、その目的を約束の地の奪還であると主張する。そしてそれが、人類の永い歴史の大きな火種となり、現代に至ってもその火は沈静化していないばかりか、むしろいつまた燃え上がるかもしれないような状況が続いているのである。
 それは、神の所為なのであろうか。聖書は、そのようには言っていない。強いて言えば、それは、神がこの世界をご自身で直接的に裁くことから手を引いてしまったからである。そして、それを人間に任せられたのである。あのノアの大洪水の後で。だから、この世界に悲惨なことが起こるのは、実は人間の所為なのである。でも、どうして神は、そのような不器用な方法で世界を治められるのか。他に方法がないのだろうか。たぶん、無いのだろう。というのも、神の目的は、この世界のみんなが仲良くなることではないからである。かつて、人間が仲良くなって、一つの理想国家を作り上げるまでになったことがあった。しかし、その目的は、神への反逆であった。人間が一致したときに、成し遂げることは、神の無視、偶像崇拝、等々だったのである。その出来事は、ノアの洪水の後だったので、神は、彼らを直接に裁くことをされず、彼らの言葉を乱すことにより、これを食い止められた。神の対応は、ノアの出来事の後で、守備一環しているのである。そして、神の目的は、世界中の人が自分の意志で、心から喜んで神の元へ帰ることである。そのために、神はこの世界を直接的に裁くことが寄与しないことをご存知なのであり、福音宣教によって、それを実現しようと意図されたのである。

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