« ソドムとゴモラ(18~19章) | トップページ | 父をだますヤコブ(25、27章) »

2015/07/23

ヤハウェのドキドキ義人実験(22章)

 「これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」(22章1~2節)
 この『これらのこと』とは、例えば、アブラハムがソドムについて執り成したことが含まれる。神は、ご自身の言葉のように、善い人を悪い人と共に滅ぼすことはせず、ロトとその家族を災いから救い出された。また、ゲラルのアビメレクのところに滞在したこと。神は、契約を結んだ者を特別に扱われる。また、アブラハムが女奴隷の子イシマエルを追い出したこと。神は、サラの願いを肯定され、アブラハムから生まれる長子イサクと契約を結ぶと約束された。これらのことの後に、神はアブラハムを試みられたのであった。
 アブラハムは、上記のことにより、神がイサクを殺されることは無いことを確信していた。それはまず、神の命令に滞りなく従い、旅の準備をした態度に表れている。次に、彼が僕たちに語った次の言葉がそれを示している。すなわち、『アブラハムは若者に言った。「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。』(22章5節)。そのように彼は、自分とイサクが必ず生きて戻ると宣言していた。さらに、『 イサクは父アブラハムに、「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が、「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」 アブラハムは答えた。「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」二人は一緒に歩いて行った。』(22章7、8節)とのイサクに対する言葉にもその信仰が宣言されている。つまり、アブラハムは、神の恐ろしい命令に服従しながらも、神がその命令を覆されることを確信していた。神もまた、アブラハムがそれを確信できるようにと、上記のことをアブラハムに対して、事前になさっていたのであった。
 しかし、だからと言って、アブラハムがイサクを捧げたことが狂気ではないということではない。それは、確かに狂気である。アブラハムがイサクを捧げたとき、もし神の静止がなければ、彼は息子イサクを殺していたであろう。しかし、アブラハムは、最後の瞬間まで神を信じ続けた。それに対して、一般的な狂気とは、神の恐ろしい命令に、自分の心で賛同し、従い、実行することである。しかしアブラハムは、神に最後まで従うということと、神がその命令を覆されることを信じることを同時に行っていたのであり、それゆえ「信仰の父」と呼ばれているのである。

 

|

« ソドムとゴモラ(18~19章) | トップページ | 父をだますヤコブ(25、27章) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59973/61932020

この記事へのトラックバック一覧です: ヤハウェのドキドキ義人実験(22章):

« ソドムとゴモラ(18~19章) | トップページ | 父をだますヤコブ(25、27章) »