« キリスト教の真理というもの | トップページ | 富士山は、やっぱりすごいなあ »

2014/03/31

Dsc02990 峠で日が暮れてきた。このまま走りすぎようかと思ったが、あんまり夕日がきれいだったので、ちょっと停めて一休み。地図の上では、近かったんだが、走ってみると、三角形の頂点を通っていく関係上、思いのほか時間がかかるものだ。カーブも多くてスピードが出せないことも影響しているのだろう。暗くなってくると、段々と自分の居場所がなくなってくるように思うのはどうしてだろう。本当は、自分はこんなところに来る資格なんて無いなんて思えてくる。ここには、れっきとした住民がいるのだから。森の動物たちや、いつもここを通って生活している人たち。それにくらべて自分は、通りすがりのよそ者である。暗闇が忍び寄ってくるとき、そんな思いも偲び寄ってくる。それじゃあ、僕がいるところはどこだろうか。そう、毎日の会社と自宅の行き帰り。そこに僕の住むところがある。そこに帰って行こう。一人で道を走っているとき考えることは、やっぱり自分が普段生きているところ、そこを外から見つめているのかも知れない。

|

« キリスト教の真理というもの | トップページ | 富士山は、やっぱりすごいなあ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59973/59389872

この記事へのトラックバック一覧です: :

« キリスト教の真理というもの | トップページ | 富士山は、やっぱりすごいなあ »