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2013/10/24

第8章 歴史への回帰

 ブルトマンらのとった歴史からの撤退戦略は、論争の末に、どこか納得の行かない後味を残した。つまり、「彼らは、本来そこにすべてがかかっているような深刻な歴史的問題を根本から解決することをせずに、単に異論を提起しただけではなかったのか」というのである。確かにブルトマンらは、聖書の歴史性に疑問を呈した後で、相手を十分に納得させることもせずに、議論をさらに前に押し進めて「弟子たちの宣教の内容こそがキリスト教のすべてである」という突拍子もない教説を展開して行ったと言えないこともない。そこで、「待てよ、もう一度原点に戻って良く考え直してみよう」という立場が現れてきた。つまり、「宣教」すなわち「イエスについての説教」の基となるべき「イエス自身の説教」に再び関心が向けられることになる。
 エルンスト・ケーゼマンによれば、「共観福音書は第一に神学的記録であるが、その神学的記述は、しばしば歴史的形態の下に表現されたもの」であり、実は「新約聖書は、宣教と歴史的叙述の両方を含んでいる」というのである。そして彼は、この見解から始めて、「イエスの説教と弟子たちの宣教との連続性」についての探求を始めるのである。そしてその探求の後に彼は、「イエスに関わる宣教が、すでにイエスの伝道活動の中に、殻に入った状態もしくは胚芽の形で含まれていること」を確信するに至った。
 このような「史的イエスの新たなる探求」の道は、特にその終末論において、一つの注目すべき性向を持っていた。それは、「イエスの教説の黙示的性格を受け入れる」ということである。しかしこれは、教義学的には一つの積極性であるかもしれないが、歴史学から見れば、一つの消極性であり、大きな後退でもある。というのも、例えば主イエスの「わたしはすぐに来る」という言葉は、疑いもなく終末論を喚起するゆえに、彼の宣教から省くことのできない重要な要素であると共に、それはまた黙示的な要素を多分に含んでいるのである。そして、この「聖書の歴史性を基に、その黙示的性格を受け入れる」ことは、取りも直さず、その主張を自ら非現実的なもの、「一般人には、受け入れ難いもの」にするということを意味するのである。つまり、「歴史からの撤退」に対する反省としての「歴史への回帰」は、決してそれまでの議論の根本的な解決ではないということであり、この2つを統合する道は存在しないということなのである。つまり、キリスト宣教の道は、歴史に立脚し、聖書から黙示的要素を切り捨てたリベラルな道と、神話的、黙示的要素を積極的に組み入れた、言わば狂信的な道の2つに分かれるということである。もっとも、聖書の歴史性に立脚するにしても、それほど狂信的な立場はとらないと主張する人々もあるかもしれない。例えば、「キリストの復活は、信仰をもって受け止める事柄であり、その歴史学的な証明は、重要ではない」という立場もあるだろう。しかしそれは、自分の立場を弁護して、お茶を濁しているだけであり、実際には何の解決にもなっていない。重要なのはそのような立場が、宣教にとってどのように貢献し得るのかということであり、そういう意味では、それは何の役にも立たないのである、同様に、「復活は、主イエスを信じていた人々にだけ起こった」とか、「再臨のイエスは、信仰のイエスとして、すでに来られた」とか、その他様々な立場が想定されるようにも見える。しかし。キリストと真剣に向かい合おうとする人は、このように言うだろう。つまり、「それなら、キリストのこの言葉をあなたは文字通りに信じるのか?」。そして、あなたがもし、「それは、実はこういう意味なのです」と言おうものなら、彼もあなたにこう言うに違いない。「それなら、キリストのこの言葉もこういう意味に違いない。ブルトマンがそう言っていたから」と。

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