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2013/06/03

本の購入

Dsc00916 この本を購入した理由は、と聞かれたら、どう答えようか。まず、値段である。4,500円というちょっとためらわれる値段。その分だけ、内容に期待が湧くし、きっと自分でも一生懸命に読むと思う。それから出版社、キリスト新聞社。ここからは、過去にも購入して面白かった記憶がある。それから、題名「歴史のイエスと信仰のキリスト」これは、いただけない。何か物議を醸しそうで、汚らわしいものさえ感じる。でも副題として、「近・現代ドイツにおけるキリスト論の形成」とある。実は、こちらが本当の題で、前の方は、訳者が勝手に付けたものだった。あと、表紙の絵、ロバに乗ったキリストが2人、一人はカラーで一人はモノクロ。これが何を表すのか、たぶん片方が歴史のイエスで、もう片方が信仰のキリストなのだろう。それから、本をめくって、最後の方の、訳者あとがき。『当然、マクグラスなりのパースペクティヴによって再構成された一つの思想史的ストーリーもあるわけで、彼なりの見解や主張が随所に見られ、、それも興味深いところです。例えばカール・バルトは啓蒙主義者と同じ枠組みにあるというような、いくぶん思い切った主張もなされますし、・・・』とある。これは、大いに面白そうである。ここに至って、もう買いたくてしょうがなくなってしまった。
 それにしても、なぜ、この忙しい時期に、こんな質面倒くさい本を買ったのだろうか。それは、強いて言えば、私の方の責任ではなく、この本がそこにあったからなのだろう。とにかく、私はそれを買わざるを得なかった。何のために。キリスト教について持っている疑問について考えるためである。なぜ、現代のキリスト教は、こんなにだぶだぶで、緊張感がないのか。黙示録でイエス様が言われている、「口から吐き出したくなる」ような宗教なのか。どうしてそうなってしまったのかを真剣に考えてみたかったのである。

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帯状疱疹

 受験勉強期間のこの大切な時期に、会社で仕事中の夕方ごろ、右わきの下から背中にかけて痛みが出てきた。インターネットで調べると、どうも帯状疱疹の兆候であった。痛みがかなり気になる状況だったが、この初期に病院へ行っても、診断がつかずに追い返されるのが一般的ということで、すぐには打つ手立てがなかった。帰宅後に家内に症状を伝え、机で勉強していると、近くに来て手を置いて祈ってくれた。家内の祈りは、いつも必ず効果を発揮する。仕事でも病気でも、腰痛でも必ず良くなるので、このときも非常に楽になった。翌日は、元気に出社した。そして、土曜日も、そして日曜礼拝や午後の教会イベントにも支障なく出席し、役割を果たすこともできた。しかし、体の負担は徐々に増加してきていたようで、ついに日曜日の夕方には、右胸から背中にかけて発疹が出始めた。そこで、翌日は会社を休み、医者に行くことになった。医者は、「あなたは、幸運な方だ」と言い、ベストタイミングで診察にきたことを喜んでいた。薬をもらい、医者の指示通り、毎食後欠かさずに飲み続け、この病は収束に向かった。
 今、まだ少し痛みを残しながらも、体はだいぶ元気になってきた。ふり返って考えてみると、この病は、いったいなんだったのだろうか。結局、会社の仕事も、教会生活も、家庭生活にも、受験勉強にも、ほとんど影響はなかった。ただ、痛みには少し苦しんだ。神様は、私に、何の目的で、この病を下さったのだろうか。定かには分からないのだが、一つは、「これからも、健康には、気をつけろよ。大事な時期だから」ということなのかもしれない。また、家内によると、「無理と不節操がたたったのよ」ということかもしれない。いずれにしても、「神のなさることは、時にかなって美しい」と聖書にあるので、神様は、この時期に、この方法でしか成し得ないことを、私のために、このときに成してくださったと考えられるのである。そういえば、最近天に送った、私の救いの恩人である信仰の兄弟の病床の苦しみが身近に思い出された。彼は、こんな風に、弱々しくなり、しかももっと大きく、もっと永く苦しんだのだなと。それから、今まさに苦しみの中にある他の兄弟姉妹のことも。私自身に関しては、この小さな試練を通して、受験勉強への多少の開き直りと、つねに神を第一にすることを教えられたように思う。

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