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2013/05/30

なぜ、道を走るのか

Dsc00636 大型バイクの免許を取得してから、早1年と2ヶ月が経過した。いま乗っているSRは、なかなか乗り慣れなかったが、いまではすっかり体にフィットして、何もかもが最高にすばらしくできていると思うほどになった。バイクに乗るようになってから、明らかに変わったことがある。それは、自分が生きているのだということが以前に増して強く実感されるようになったことである。どういうことかと言うと、それまでの自分は、どこか「天上の世界に暮らしていた」というか、この世界に生きていても、なにか「心そこにあらず」という感覚があった。この世界のことよりも、死後の世界のことに興味があり、この世界を本気で生きるということができていなかったような気がする。集合写真に写るときは、いつも自分だけが、なにか輪郭が無く、色あせて写ることに不気味さを感じていた。白髪で色白であることによるのかもしれないが、家内はいつも「バックツーザフューチャーみたい」と言っていた。その私が、ある日大型自動二輪の教習所へ通い始めた。自分の息子みたいな教官に指導を受けながら。夏は汗びっしょりになりながら、S字で何度もコケながら、休みの日は、自転車でライディングポジションを直しながら、筋トレで体を鍛え直しながら。検定試験には、会社を休まなければならないので、何度も落ちるわけにはいかない。それでもついに規定で一発合格、卒業した。それは、本当に、本気の本気であった。
Dsc00661 それ以来、そのときの勢いで道を走っている。気を抜けば、死が待っていると思うと、一抹の罪深さの感覚と共に、何か「この世界につなぎとめられている」という感覚がある。これを忘れたら、またあの「心ここにあらず」の心境に戻ってしまうかもしれない。それを忘れないために、今の私には、道を走ることが必要なのだ。今思うことは、「人は、決して最高の存在にはなれない」ということである。どんなに勉強しても、頑張っても、悟っても、あきらめても、邪念を取り払っても、修行しても、何もしなくても、愛しても、愛されても、楽しんでも、憎んでも、そして、回復しても、やっぱり何も変わっていない。そんな思いを繰り返しているうちに、いつかこの世界から、段々と離れてしまって、足が宙に浮いてしまっている自分に気がついた。
 いま、私が学んでいるのは、きっと「何も考えない」ということではないだろうか。自分を見つめつつ生きるのではなく、ただ前を向いて生きること、パウロが言うように、「ひたすら後のことを忘れ、先へ向かって一心に走る」そのことを求める。この歳になって、新たなビジネスにチャレンジするのもその一環である。ただただ、「走り続けたい」のである。


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