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2012/06/14

研究を終えて

 「踏絵を踏んだロドリゴは棄教したことになるのだろうか。それとも、彼は依然としてクリスチャンであり続け得るのであろうか」というのがこの小説を読む者がまず持つ疑問であろう。しかし、もしその読者が信仰者ならば、自己が背景としている信仰の基準に則り、判断を下せるかもしれないし、もしそうでないという場合には、その人の信仰にどこか曖昧なところがないかどうかを再検討してみる契機にもなるだろう。そこでこの問題は、論理的には、白か黒かの明確な問題と考えられよう。しかし、「上記のことを遠藤周作自身は、どう考えていたのか」ということになると、これはそう簡単には判断できないように思える。この小説の最後の終わり方(切支丹屋敷役人日記以前)を読むと、踏絵を踏んだロドリゴの心境が肯定されているように思えるが、それでも、それを持ってして彼の信仰を普遍的な真理として提示しているとまでは受け取れない。むしろ、フェレイラに対する卑屈な描写や、ロドリゴのフェレイラに対する軽蔑、そしてそれと同種の自分に対する絶望のような感情、それらは決して、肯定的な表現ではなく、彼らはその後の一生をまさに影のようにして送ったであろうことを暗示させないだろうか。それでは遠藤周作は、この作品で、いったい何を表現したかったのだろうか。私には、それは、ちょっと考えすぎかもしれないし、またある意味では曲解的な解釈かも知れないのだが、その、つまり、現代キリスト者の浮ついた信仰への当て付けと警告のように思えるのである。
 フェレイラとロドリゴは、なぜ棄教してしまったのか。それは、彼らが「考え過ぎた」からである、というのが私の考えである。いや、信仰には「考えること」は、必要ないと私は言いたい。それでも足りなければ、「信仰には、考えることは有害である」と言っても過言ではないと思っている。というのも、「考えること」は、「もっと考えること」に通じ、それはさらに、「考えすぎること」に至る可能性を持っているからである。ロドリゴの宣教師生涯を見ると、それが分かるのである。彼が最初、日本宣教を決意したときには、彼はほとんど何も考えてはいなかった。彼の思いは、唯一つ、キリストのために日本に行くことだけだった。ところが、マカオに着いた彼の心の目は、早くもキリストから離れて自分に向けられ、さらに本国の聖職者たちに対しては、彼らに自分の苦しみは分からないと愚痴めいたことを言い始めている。そして、日本に渡ってからは、農民たちの信仰継承に感激しながらも、その内容がどこかおかしいと疑い始め、さらに彼らの殉教に沈黙する神の存在に対してさえ疑問を持つに至り、ついに死の恐怖に負けて、自分を偽り、ついに棄教するに至ったのである。それに対して、ひたすら天国における幸福だけを夢見た、純粋信仰の農民たちは、主イエスにある殉教を成し遂げて行ったのであった。また、フェレイラにしても、自分が宣べ伝えた福音が正しく受け取られていないのではとの疑問から、日本宣教に失望し、ついに何の脈絡もなく、棄教、背信、そして迫害者の手引きへと成り果てて行ったのであった。
 それでは、健全な信仰とはどういうものか。しかし、「健全な信仰などというものはない」と私は言いたい。キルケゴールは言った、「信仰とはキリストのために文字通り自分を失うことである」と。考えることが背信へ通じるのなら、信仰を保つには、「考えないこと」しかない。信仰の父アブラハムはどうであったろうか。彼が神から、「独り子イサクを生贄にささげよ」との命令を受けたとき、彼が「そのような惨いことを愛の神が命ずるはずはない」などと考えたとしたら、キリスト信仰は生まれなかったであろう。アブラハムは、あえて自分を狂人として、息子イサクを殺そうとしたのであり、聖書はそのアブラハムを信仰の父と呼ぶのである。しかしそれでは、文字通りの「カルト教団」ではないのか。その通りである。私たちは、キリストのために盲目となって、妄信的にキリスト教を信じるのであり、それ以外に信仰の道はない。「でも、もし間違っていたら?」、そう考えることが、背信へとつながるのである。ロドリゴが、「もし、神がいなかったら」と考えたのは、農民たちの殉教を前に沈黙するような神は、愛の神ではないのではないかと考え、それならユダを見捨てたキリストもおかしい、それを信じている自分もおかしい、・・・・・・、とエスカレートして行ったことによるのである。「それでも、もし、もし、私の信じた教えが間違っていたら」、そのときは、私たちを待っているのは破滅である。でも、私たちはキリストにすべてを賭け、彼を信じ、彼の十字架を負って従う決心をしたのである。私たちの義は、私たちの心の正しさや覚醒度合い、普遍性等に懸かっているのではなく、キリストの義にのみ懸かっているのである。
 そこで、現代日本のキリスト教をもう一度イメージしてみよう。「信仰のバランス」とか、「中庸な信仰生活」とか、「豊かな人生を約束する信仰」とか、「ビジネスを祝福に導く秘訣」とか、「聖なる楽しみ」とか、まあ、それらの中には、良いものもなくはないのかも知れないが、「キリストのためにすべてを捨て、それを糞土のように思っている」と言ったパウロとは、相反するものばかりが今日のキリスト者の周りに溢れているのではないか。
 この「沈黙」という小説が、恐ろしい異端に通じるとして警告を発する人がいるが、私はそれらの異端よりももっと恐ろしいもの、それこそが今日の生温いキリスト信仰であり、遠藤周作が描き出したかったのは、まさにそれであるように思えたのである。

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 踏絵を踏んだロドリゴは、人々から「転びのポウロ」と呼ばれ、とある家の窓に凭れながら、道を通りかかる人々を食い入るように眺めていた。彼は、自分の成したいわゆる棄教の行為の数々を思いだし、それらを自分の中で客観的に理解しようとしていた。彼は、それらを自分の弱さの成せる業とし、それが教会から糾弾されるべきものと理解しながらも、あえて自分が棄教したとは考えていなかった。むしろ、それはキリスト信仰の新しい段階、いや今まで一般に誤解されてきたことへの新しい洞察であり、従来見過ごしにされてきた自己矛盾の解決であると理解したのである。
 彼の心には、神学校時代から一つの疑問があり、その解決困難な疑問をずっと抱えてきたのだった。その疑問とは、「キリストはなぜユダを見捨てたのか」ということである。しかもキリストは、最初からユダの棄教を予告していた。それなら、ユダには悔い改めの機会さえ与えられず、単なる操り人形のようなものではないか、というのが彼の疑問であった。そして、彼が至った結論は、「ユダは棄教したのではなかった」ということである。そこで、キリストも実は彼を見捨てたのではなかった。ロドリゴは、自分の踏絵という行為を通じてそのことに気がついたのであった。彼が踏絵を踏もうとしたとき、彼の心の中のキリストが彼に囁いた、「踏むがいい、わたしはお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ」と。それは、本当にキリストの声だったのだろうか。それとも悪魔のささやきだったのか。それを確かめる方法を彼は持ってはいない。ただ、それによって彼の心にあった疑問は、とにかく一応解決したのであった。
『聖職者たちはこの冒涜の行為を烈しく責めるだろうが、自分は彼らを裏切ってもあの人を決して裏切ってはいない。今までとはもっと違った形であの人を愛している。私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だったのだ』と彼は心の中で繰り返す。彼にとって、「信仰とは愛すること」である、しかしそれでは、「愛すること」とは・・?。キリストは言われた、「わたしを愛するとは、わたしの戒めを守ることである」と。それでは、彼はキリストの戒めを守ったのだろうか。「守った!」と彼は叫ぶ。穴吊りにされて苦しむ農民をその残忍な苦しみから救うために、信念をあえて捨てて、自ら教会の汚点となり、教会から排斥されることさえも覚悟して踏絵を踏んだのであり、それは今まで誰も成し得なかった、たぐい稀な愛の行為であると彼は主張するのである。『主よ、あなただけがわたしが棄教したのではないことをご存知です』と彼は祈る。彼は、教会との公的な関係を失い、キリストとの個人的な関係を取り戻した。しかしそれは再び、本当にキリストとの関係なのだろうか。そもそも、キリストはどこにおられるのか。復活の後に天に昇って行かれたキリストは、聖霊を地上に送られ、それにより教会を誕生させ、福音を世界に届ける働きを託された。そして、天から再び地上に来られるときには、ご自身の花嫁として教会を迎えられるのである。その意味では、教会は地上にあるキリストの半身とも言えるのであり、これを軽んずる者は、キリストの体を軽んずることになるのである。それゆえ、教会を離れては、キリストとの関係はあり得ない。聖霊は、まず教会に与えられ、その上で教会に属する個人に与えられるのである。
 ロドリゴは、彼がかつてフェレイラに対して抱いた軽蔑の念を自分自身に対しても抱いていた。しかしそれもいつしかぼやけてきて、段々とどうでも良くなってくるのだった。それは、彼が教会を捨てたため、もはや彼の内には信仰の客観的な基準というものが無くなってしまったからである。
 その月の4日に、ロドリゴは井上筑後守のところに呼ばれた。踏絵を踏んで後、初めてのことであった。井上筑後守は、彼に邸宅を与えると語った。それから、岡田三右衛門という死んだ男の名とその残された女房もである。
『「パードレは決して余に負けたのではない」筑後守は手あぶりの灰をじっと見つめながら、「この日本と申す泥沼に敗れたのだ」。「いいえ私が闘ったのは」司祭は思わず声をあげた。「自分の心にある切支丹の教えでござりました」。「そうかな」筑後守は皮肉な笑いをうかべた。「そこもとは転んだあと、フェレイラに、踏絵の中の基督が転べと言うたから転んだと申したそうだが、それは己が弱きを偽るための言葉ではないのか。その言葉、まことの切支丹とは、この井上には思えぬ」。「奉行さまが、どのようにお考えになられてもかまいませぬ」。司祭は両手を膝の上にのせてうつむいた。「他の者は欺けてもこの余は欺けぬぞ」。筑後守はつめたい声で言った』
 井上筑後守は、なぜそのようなことを言ったのか。もしかしたら、彼もまた真理を求めていたのではなかったのか。しかし、真理はそのように誰の目にも明らかに来るものではない。神が人に真理を示すとき、常にその人の自由意志に訴えかけるのである。その人が真理を受け取ることができるかどうかと。神は真理を示し、そして言われる、「これを受け取れる者は受けよ」と。そして、それに従うかどうかにつても、「耳のある者は聞きなさい」と。それが神ご自身の似姿に創造した存在への唯一の真理の伝達方法なのである。それゆえ、受け取る力のない者、聞き従う意志のない者には、それはどうでも良いもの、従う価値のないものに見える。そればかりか、彼はむしろ、自分で考え出した屁理屈の方を真理と勘違いするのである。
『その時彼は踏絵に血と埃とでよごれた足をおろした。五本の足指は愛するものの顔の真上を覆った。この烈しい悦びと感情とをキチジローに説明することはできなかった。「強い者も弱い者もないのだ。強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう」司祭は戸口にむかって口早に言った。「この国にはもう、お前の告悔をきくパードレがいないなら、この私が唱えよう。すべての告悔の終りに言う祈りを。・・・・安心して行なさい」。怒ったキチジローは声をおさえて泣いていたが、やがて体を動かして去っていった。自分は不遜にも今、聖職者しか与えることのできぬ秘蹟をあの男に与えた。聖職者たちはこの冒涜の行為を烈しく責めるだろうが、自分は彼らを裏切ってもあの人を決して裏切ってはいない。今までとはもっと違った形であの人を愛している。私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だったのだ。私はこの国で今も最後の切支丹司祭なのだ。そしてあの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた』。

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