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2012/05/31

 その後ロドリゴは、千束野と呼ばれる荒野を越えて、馬に乗せられて別の牢屋に連れて行かれた。そこは、雑木林にとり囲まれた丘の斜面にある、まだ新しい土蔵作りであった。しかし、その牢内には、ふしぎなほど平和と静謐とがあった。かつての山中の彷徨の不安や焦燥は、遠い昔の話のようにさえ思われた。
『夜は床の上に横たわったまま眼をつぶり、雑木林で鳴く山鳩の声を聞きながら眼ぶたの裏に、基督の生涯の一場面一場面を描いた。基督の顔は彼にとって、子供の時から自分のすべての夢や理想を託した顔である。山上で群集に説教する基督の顔、ガリラヤの湖を黄昏、渡る基督の顔、その顔は拷問にあった時さえ決して美しさを失ってはいない。やわらかな、人の心の内側を見ぬく澄んだ眼がこちらをじっと見つめている。何ものも犯すことができず、何ものも侮辱することのできぬ顔。それを思うと、小波が浜辺で静かに砂に吸いこまれていくように不安も怯えも鎮まっていくような気がするのである。』 ここでの日々は、静かでやさしくロドリゴの心を流れていった。司祭はこんな日々が続くのも、自分の死がそう遠くない証拠ではないかとも思った。
 「殉教」という言葉を、信仰者なら一度は聞いたことがあるに違いない。しかしそのイメージを心に描いたことのある者はそう多くはないだろう。それが必要になるのは、自分にその可能性が生じたときだろう。死に至るまでキリストに従順であるために、そのイメージを思い描くということが必要になるのかもしれない。ロドリゴも宣教師として日本に来るにあたり、そのイメージを持っていた。そして、そのイメージの通りに生き、また死ぬことを願ったのである。そして彼はまた、殉教のイメージだけでなく、信仰者が受ける迫害のイメージをも持っていた。それは、ときには過酷を極めることもあるが、そこにはいつも神の護りと導きが伴う。だから、信仰者はどのような状況にあっても、必要を満たされ、勇気を与えられ、最後までキリストに従い通すことができるのである。この牢屋にあって、彼は比較的自由に番人の許しをもらって、朝と夕方と日に二度、信徒たちの牢舎に出向いて、祈り、告悔の秘蹟を与えることができた。そして、「主は、もうこれ以上、あなたたちを放っておかれるはずがない」と語って彼らを励ました。
 ある日、彼は、湯で体をぬぐい、着物を着替えさせられて役人たちの前に引き出された。そこで一通りの取調べが行われた。それは、一見やさしく、労いと配慮に満ちていた。しかしロドリゴは、そのような誘惑に屈することなく、毅然とした態度で対応した。
『しゃべりながら急に感情が興奮してくるのを感じた。背後から信徒たちに見られていることを意識すればするほど、彼は自分を英雄にしていった。』
 誤解を恐れずに言えば、信仰とは、一種の思い込みと言えるかもしれない。というのも、人それぞれに置かれている状況が異なっており、このときはこうすれば良いということを誰も彼に完全に教えることはできないからである。そして、神ご自身も彼に「こうしなさい」とは何も告げられない。もちろん、信仰の友の助言や励まし、それから神の恵みと導きというものは確かに存在する。しかしそれらは、ある時点、時点において断片的に与えられるのであり、それ以外のほとんどの時は、彼自身が独力で判断し、自らの責任において行動しなければならないのである。そこで、神は、ある意味で、ご自身を信仰者個人の自由に任せておられるとも言えるだろう。実際、神は彼の行くところどこにでも彼と共に付いて来て下さるのである。まるで、彼の奴隷になられたように。そして、彼の行為をすべて受け入れて下さる。彼が誰かに「神とは、こういうお方だ」とか「神は、こう言っておられる」と告げるとき、神はそれを肯定される。そればかりか、それを神ご自身が語られたのだとされるのであり、それが教会の奥義である。「あなたがたが地上でつなぐものは天でもつながれており、あなたがたが地上で解くものは天でも解かれる」と主イエスは言われた。
 この信仰者と神のと関係は、あまりに神が譲歩しておられるように見え、信仰者を当惑させるに十分であろう。というのも、それにも関わらず、それは真実であることを要求するからである。その真実は、どこから来るのであろうか。いかにして、彼自身がかってに考え、あるいは創出したようなことが神の前で真実であり得るのだろうか。それは、彼と主イエスとの関係から来るのであり、それこそが実は彼と主イエスとの関係の本質なのである。しかしそれには、 彼は自分のすべてを捨てなければならない。自分の夢も幸福も、そして「彼が持っていた苦難や殉教のイメージ」さえもである。
 ある日、囚人の中から一人の信徒が役人に故もなく切り殺された。「こんなことが・・・・」、祭司は格子を握りしめたまま、動転していた。しかし彼が混乱していたのは突然起こった事件のことではなかった。理解できないのは、この中庭の静かさと蝉の声、蝿の羽音だった。一人の人間が死んだというのに・・・・。
『彼は、膝をかかえたまましばらく、床の上でじっとしていた。「時は殆ど十二時なりしが、三時に至るまで地下、遍く暗闇となり」あの人が十字架で死んだ時刻、神殿からは、一つは長く、一つは短く、また短く、三つの喇叭の音がひびいた。過ぎ越しの祭を用意する儀式が始まったのである。大司祭長は青の長袍を着て神殿の階段を登り、犠牲の祭壇の前では長笛が吹き鳴らされた。その時、空は翳り、太陽は雲の裏側に消えた。「日暗みて、神殿の幕、中より裂けたり」これが、長い間考えてきた殉教のイメージだった。しかし、現実に見た百姓の殉教は、あの連中の住んでいる小屋、あの連中のまとっている襤褸と同じように、みすぼらしく、あわれだった。』

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