« 2012年5月18日 | トップページ | 2012年5月23日 »

2012/05/22

Ⅱ:セバスチャン・ロドリゴの書簡

 ガルペとロドリゴは、キチジローを伴い、マカオを出航した。最初のころは航海も非常に順調であったが、やがて激しい嵐が襲ってきて、船の前方に裂け目が入り、浸水がはじまったので、一晩中水を船外へくみ出す作業を続けねばならなかった。精魂つき果てたロドリゴは、嵐の過ぎ去った後の雨を含んだ乳色の雲を凝視しながら、かつて同じ様な困難を乗り越えて宣教した聖フランシスコ・ザビエル他の先達たちのことを思った。「何が彼らをこの大きな苦しみに耐えさせ大きな情熱に駆りたてたか、それは今、私にはわかるのです。それらの人々もすべて、この乳色の雲と東に流れていく黒雲とを凝視されたのです。彼らがその時、何を考えたか、それも私にはわかるのです」。
 「私たちは、信仰の先達たちに雲のように取り囲まれて入るのです」とパウロは書いた。信仰の先人たちの勇姿は、キリストが彼らを強め、彼らを通して確かに働かれたという証である。そして、その復活のキリストは、また現代を生きる私たちの内にも働いて、神の栄光なる宣教の御業を行わせてくださるのである。
 ああしかし、その働かれ方は、いつも違っていて、二つとして同じものはない。それゆえ、信仰者たちと主イエスとの関係もまた、二つとして同じものはないのである。私たちは、自分の尊敬する先達のようになりたいと思う。そのために彼らを理解したいと願う。そして、幾分かは理解できたように思う。しかし、実はそれは理解したことにはならないのである。というのも、献身の本質は、信仰者の考えや気持ち、決心などではなく、主イエスとの個人的な関係にあるからである。そこで、それは知ることも学ぶこともできない。それは、主イエスとあなただけの問題であり、他の誰もそこに入り込むことはできないのである。
 「主よ、あの人はどうなのですか」と問うペテロに、主イエスは応えられた、「わたしが再び来るときまで、彼が生き残っていることをわたしが望むとしても、それがあなたに何の関係があるか。あなたは私に従いなさい」と。信仰者が先達から学ぶことは、冷たい言い方かも知れないが、実はあまり役に立たない。もし彼がそこから、自分と主イエスとの関係を学んでいなかったとしたなら。彼らは闇夜に、誰にも知られずについに日本に上陸した。
 『キチジローが事情を探るまで、じっとかくれていました。砂をふむ音が、その窪みのそばに近づいてきました。濡れた着物を握りしめて息をこらしていた私たちの前を布を頭にかぶり、籠をかついだ老婆が一人、我々に気がつかずにそばを通りすぎていきました。「戻ってこない。戻ってこない。」ガルペは泣きそうに申しました。「あの臆病者はどこかに行ってしまったのだ」しかし、私はもっと悪い運命を考えていました。彼は逃げたのではない。ユダのように訴えにいったのだ。そして役人たちがやがて彼に伴われて間もなく姿を現すだろう。「されば一隊の兵卒は松明と武器とを持ちて此処に来れり」ガルペはあの聖書の言葉を呟きました。』
 しかし、しばらくの後にガルペとロドリゴが聞いたのは、「パードレ、神父さま」と呼びかけるなつかしいポルトガル語まじりの日本語であった。彼ら隠れ信徒たちの話によれば、キリシタンには懸賞金がかけられていて、自分の村以外の者は信用がならないということであった。しかし、そのように精神的に孤立しながらも彼らは、先人たちの見よう見まねで、組織的な群れを形づくり、信仰を継承していたのであった。
 信仰の先人たちの蒔いた種は、日本においても芽を出し、成長を始めていた。しかし、その本来の目的は、そこに花が咲き、実を結ぶことである。そのためには、日本の信徒たちの、それまで宣教師たちの見よう見まねでやってきた信仰がそれぞれ、自分自身と主イエスとの関係にまで成長し、高められることが必要なのである。
 『「早う、歩いてつかわさい」老人が小声で我々を促しました。「ゼンチョ(異教徒)たちに見らるっといかんですもん」ゼンチョというわが国の言葉をこの信徒たちはもう知っているのです。聖フランシスコ依頼、我々の先輩たちが彼らにきっとこれらの言葉を教えられたに違いありません。不毛の土地に鍬を入れ、それに肥料を注ぎ、ここまで耕すことはどんなに困難だったでしょうか。しかし、まいた種からこの悦ばしい芽がもう生えている以上、それを育てることが私とガルペの大きな使命となるのだと思いました。』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月18日 | トップページ | 2012年5月23日 »