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2012/04/10

大いなる無駄

Biker 以前乗っていたバイクは、次男の事故で大破してしまった。彼は約2ヶ月後に職場に復帰したが、完全な回復には1年という月日が必要であった。家内もバイクには恐れをなし、私もそれっきりバイクに乗る機会がなかったのだが、最近また乗りはじめた。なぜ家内が許してくれたのか、今に至っても皆目分からない。でも、なぜかまた道を走っている。朝から晩まで、机に縛り付けられているような私の仕事には、やはり何かリズムが必要なのだと思う。こうして道を走っていると、「ああ、そうだったのか」という感触を持つことがある。自分がどれだけ凝り固まっていたのか。自分で自分を閉じ込めていたのか。そういうことが何か覚醒のような感触のうちに理解されるように思えるのである。でも、なにもバイクに乗らなくてもいいんじゃないか。そんな風にも思う。でも、他にどんな方法があるのか、今の私には分からない。もちろん、バイクが無くても、生きて行けるだろう。そんなお金があったら、何か他に有益なことができるかもしれない。環境にも悪いし、第一危険であり、事故を起こしたら家族にも教会にも会社にも迷惑がかかる。でも、神様は、今のところ、「だめ!」とは言われていないように思える。だって、こんな風に道を走れるようになる可能性は、あまり無かったように思えるし、返って障害の方がはるかに多かったように思えるから。でも、事故には気をつけよう。決して無理をするのはやめよう。もう58にもなろうとしているのだから。

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