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2012/01/03

ちょっとしたことがうれしい

 闘病の内に母は新年を迎えた。ここ数日間は、会社が休みであることもあり、夜は私と弟が交代で病室に泊まり込んでいた。最近の母は、意識が朦朧としてように見えることが多く、ナースコールもできなくなってしまったようだ。でも唸るような声で「水が飲みたい」とか「トイレー」と知らせてくれる。母のような容態においては、水を飲ませるのは気管に入らないように気をつけなければならないので、看護師や慣れたワーカに頼まなければならない。そして、母が水をやっと「ゴクン」と飲むと、こちらも「ああよかった」とうれしくなる。同じように、息を切らせながらポータブルトイレで用を足したり、寝返りを打たせてもらったりするたびに「ああよかった」と、そのときだけは母の病状も忘れて安堵の胸をなで下ろす。それはまるで、小さな子供や自分の孫の一挙一動をはらはらして見ながら、一喜一憂している壮年のようだ。今になって、なんだかその気持ちが手に取るように分かる気がする。そんな人にとって人生は、そんなちょっとした事件の連続で、それ以外に何も大したことはない。いや、実際はだれの人生もそうなのかもしれない。たとえ自分の生涯を賭けた大きな仕事を成し遂げたとしても、その人が最後のベッドの中で気にかけるのは、いま私が感じている、そんなちょっとした事件だけなのかもしれない。
 しかし、それを理解した人にとって、キリストへの回心は、大きなことではないだろうか。そう、全宇宙がひっくり返るほど、衝撃的ですばらしく、興奮すべきこと、目の前のすべてがきらきらと輝き始めることなのに違いない。

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