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2011/10/26

観想的生と活動的生とについて

 私たちは、この地上に生きている。そこは、聖と俗とが混じり合うところである。なぜ私たちは、そのようなところに置かれたのであろうか。エックハルトは、「私たちが時間の内に置かれたのは、時間の内における知性的な活動を通じて、神に近づき、神に似たものになるためである」と言う。それは、神の戯れなどではない。神の切なる願いなのである。神はすべてを、私たちが神の似姿に変えられるために行われるのである。そして、そのためにご自身が人となられたのである。そして、この「人となった神」こそが私たちの究極の目標であり、私たちの真の現実であり、そのように成ることこそが、私たちが完全に神を知るということに他ならないのである。つまり、「神を知る」とは、神を知識や教養として知ることではない。人は、全能者をそのような形で知ることはできない。それは、不可能なことである。神を知るとは、むしろ「ある状態」なのである。それは、一言で言えば、「インマヌエル(神共にいます)」という状態であり、その場合に注意すべきことは、私たちの知性は、それを完全に知覚できないかもしれないということであり、それゆえに逆にそのような状態に成り得るとも言えるのである。
 私たちがそのような状態、つまり「インマヌエル」なる状態になる場合、それは私たちがこの世界から出て行くということではない。それは、恍惚状態ではないのである。すべてのことをこれまで通りに行い、今まで通りに怒ったり喜んだりし、生活の不安を持ち運びながらそのような、つまりインマヌエルなる状態になるのでなければならないのである。それを煩わしく思う人は、逆に決してそのような状態にはなれないとエックハルトは言うのである。それゆえに神は人となられたのである。そして、私たちのようにこの地上で喜び、悩み、苦しみつつ生きられた。それは、神を知るとはどういうことかを私たちに示すためであった。
 「主よ、彼女にわたしの手伝いをするよう命じて下さい」とマルタは主イエスに願った。それは、彼女が妹のマリアが忘我状態で主イエスの言葉に聞き入っているのを見たからであった。彼女は、マリアがそのような状態で神を知ることはあり得ないことを知っていたのである。しかし主イエスはマルタに言われた、「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである」と。この世界に生きている限り、多くのことに思い悩むことは避けられない。しかし彼女の場合、それは永遠なる浄福をいささかも減ずることのないものだったである。というのもマルタは、思い悩みのかたわらに立っていたからである。「思い悩みのかたわかに立つ」とは、「物事のかたわらに立つ」ということであり、それはつまり、「神のために」ということである。自分のために生きる者は、起こり来る物事の「直中に」立つことになる。しかし、神のために生きる者は、そうではない。彼は、物事のかたわらに立っているのである。なぜかというと、彼にとって大切なのは、神の御心が行われることであり、そのためには、物事は実はどうでも良いことなのだからである。「それゆえに彼らは、はるか高く永遠と境を接するところに立つときに持つものと少しもかわらぬものを持っているのである」とエックハルトは語る。そのような人は、自分の意志を神の内で断念し、神の意志を満たすために、「秩序」と「洞察」と「知恵」に従って働くのである。そしてマルタは、そのような状態に達していたのだがマリアの方は、まだ神から喜びを受けることだけを求める段階にあったのであり、つまり「自分のために」生きていたのである。しかしマルタに、主イエスは応えられた。「必要なことはただ一つだけである」と。それがマリアに今与えられた。それは、神との交わりである。誰しも、最初から神のために生きるようになるのではない。最初は、自分のために神の恵みを求め、次に神のために神との交わりを意思するようになるのである。その最初の神との交わりがマリアに与えられたからには、マリアもいずれ「神のために」と意思するようになると主イエスは言われたのである。
 なぜ神は、私たちを最初からご自身の元に置かれないのか。それは、私たちが神と共におり、神の恵みに浴しているうちは、私たちは神に似たものとなることはないからである。神は、この地上に私たちを独りで置かれる。その理由は、私たちが神と共にいることではなく、自ら「神に似たものとなる」ためなのである。そして、私たちの手本は、人となった神なる主イエスなのである。エックハルトは祈る、「わたしたちが真実なる徳の修練において、真にキリストにならう者となるよう、神がわたしたちを助けてくださるように。アーメン」。

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