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2011/07/08

死して有る生き方について

 「死して有る生き方」とは、どういう生き方であろうか。それは、エックハルトによれば、私たちはこの世界に対して死んだときに、初めて真に生き始めるのであり、そのような生き方のことを言っているのである。なぜ、そのように言えるのだろうか。それは、まず第一に、この世における私たちの命には終わりがあるということであり、そのようなはかないものの内には真理はない。そして第二に、それゆえ、そのようなこの世の命は、死すべきものということである。それは、時間と共に朽ち果てて行く。エックハルトは語る、「私たちがその内にありつづけることを妨げるもの、それが何であるかある師は次のように指摘し語っている。それは私たちが時間に触れていることからくるのである。時間に触れるもの、それは死すべきものであると。ある師は、天の運行は永遠であると言っている。時間が天の運行に由来するというのはおそらく正しいであろう。しかしそれは、永遠からの脱落において生起するのである」と。
 この「永遠からの脱落」に相反するものとしてエックハルトは、「有」という概念を提示する。しかし実は、それは概念以上のものである。「有はひとつの原初なる名である。不完全なものはすべて有からの脱落である。私たちの命の全体はできるならひとつの有でなくてはならない」と彼は言う。そして、さらに彼によれば、「神はわたしたちを命よりすぐれたひとつの有の内に移すことをめざしている」のである。というのも、神こそが「有」を与える方であり、「有」そのものであるからである。「そのひとつの有を魂が受けとるのは、命がひとつの有であるようなかの命の内で生きることを目指して、魂が徹底して死に切ったときなのである」と。
 そこで、私たちは、エックハルトが言うように、この世に対して、死んだように生きなければならないのである。それは、この世を生きる私たちにとっては、むしろ不自然で苦しい状態かもしれない。しかし、この世においては、すべての苦しみには終わりがあるのである。そしてその終わり、すなわちこの世における死は、私たちに新たな良きもの、「神における有」を与えるのである。
 エックハルトによれば、知性と意志は、魂が神へと帰り行くことができるために与えられているものである。それは、「魂の純化」の過程であり、「五感によって運び出されたものが、再び魂の内へと帰りくるとき、魂は一なる力を持つのである」と彼は言う。この一なる力が魂を神へと近づけるのである。しかし再びエックハルトによれば、魂は地上に生きている間にこの純化という過程を完了する必要がある。彼は言う、「魂が身体から離れれば、魂は知性も意志も持つことはない。魂は一なるものであり、そうすれば魂が神へと帰りゆくことを可能にする力を魂は見つけ出すこともできなくなるであろう」と。つまり知性と意志は魂にとって、五感のように機能的な力ではなく、もっと深い、根底にある力なのである。しかし、そのように重要な力も、肉体の死をもって崩壊するのである。というのは、この二つの力もまた、共に時間の中で働くのであり、肉体の死により、魂の時間は終焉するからである。そこで、この世界をいかに生きるかが重要なこととなる。つまりキリスト教は、仏教のように死んでから天国へ行く準備をするのではなく、生きている間にそれを行わなければならないことを教えるのであり、死後にはそのチャンスはないということなのである。
 これらのことから、私たちは、この世界において、すでに神に近づくことを追求して行かなければならない。どのようにすれば良いのだろうか。まず、この世界のものから目をそらさなければならない。というのは、私たちの精神は、同時に2つのものを認識できないからである。そして、神とこの世界のものは、精神から見て正に正反対の方向にある。それらが時間性の内にある限りにおいて。それらは、常に永遠から脱落して行く途上にあり、そのようにして、時間と共に等しく神から離れて行っているのである。しかし、私たちの知性には、本来、時間とは一切関わりを持っていないような、永遠に関わる高次の部分が存在する。この高次の知性は、もちろん私たちの内部にある各々固有の孤立した知性の領域なのであるが、そこは極度に一般化した概念の固まりであり、そこではすでに「個」という概念は消失していると共に、そこにはもはや対立するような概念は何も存在しないのである。この統合された一なる命の内へと意識を持って入り行くことこそが魂における究極的な目標なのである。
 エックハルトは祈る、「私たちが分けられたひとつの命から、一であるひとつの命へと入れるよう、神がわたしたちを助けてくださることを、愛する主である神に求めよう。そうなるよう神がわたしたちを助けてくださるように。アーメン」。

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