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2011/05/13

ちょくちょく、変な言い回しが出てくるのはなぜだろう

 新改訳聖書におけるヨシュア記2章17節から始まる斥候の言い出し方は、いかにも突飛である。これに対する新共同訳の訳し方は、意訳だろうか。こちらの方がはるかに良いと思えるのだが。それから18節の「赤いひもを結びつけておかなければならない」や次の「集めておかなければならない」という表現も、妙に不自然である。新共同訳の「おきなさい」の方が理解しやすい。「その血は私たちのこうべに帰する」という言い方も気になる。また、24節の新改訳の「そればかりか」という接続詞だが、これは、前後の関係としては、後に置かれている事柄の方が意味が強いか同等であるのが普通ではないだろうか。ところがこの場合は、前に置かれている事柄つまり「あの地をことごとく私たちの手に渡された」の方が明らかに強いのであり、違和感を禁じえない。3章3節の「かついでいるのを見たなら・・・・進まなければならない」という表現もどこか違和感を覚えるのは、私だけだろうか。

<ヨシュア記>
【新改訳】
2:17 その人たちは彼女に言った。「あなたが私たちに誓わせたこのあなたの誓いから、私たちは解かれる。
2:18 私たちが、この地にはいって来たなら、あなたは、私たちをつり降ろした窓に、この赤いひもを結びつけておかなければならない。また、あなたの父と母、兄弟、また、あなたの父の家族を全部、あなたの家に集めておかなければならない。
2:19 あなたの家の戸口から外へ出る者があれば、その血はその者自身のこうべに帰する。私たちは誓いから解かれる。しかし、あなたといっしょに家の中にいる者に手をかけるなら、その血は私たちのこうべに帰する。
2:20 だが、もしあなたが私たちのこのことをしゃべるなら、あなたが私たちに誓わせたあなたの誓いから私たちは解かれる。」
2:24 それから、ヨシュアにこう言った。「主は、あの地をことごとく私たちの手に渡されました。そればかりか、あの地の住民はみな、私たちのことで震えおののいています。」
3:3 民に命じて言った。「あなたがたは、あなたがたの神、主の契約の箱を見、レビ人の祭司たちが、それをかついでいるのを見たなら、あなたがたのいる所を発って、そのうしろを進まなければならない。

【新共同訳】
2:17 二人は彼女に言った。「あなたが我々に誓わせた誓いから、我々が解かれることもある。
2:18 我々がここに攻め込むとき、我々をつり降ろした窓にこの真っ赤なひもを結び付けておきなさい。またあなたの父母、兄弟、一族を一人残らず家に集めておきなさい。
2:19 もし、だれかが戸口から外へ出たなら、血を流すことになっても、その責任はその人にある。我々には責任がない。だが、あなたと一緒に家の中にいる者に手をかけるなら、その血の責任は我々にある。
2:20 もし、あなたが我々のことをだれかに知らせるなら、我々は、あなたの誓わせた誓いから解かれる。」
2:24 こう言った。
「主は、あの土地をことごとく、我々の手に渡されました。土地の住民は皆、我々のことでおじけづいています。」
3:3 民に命じた。「あなたたちは、あなたたちの神、主の契約の箱をレビ人の祭司たちが担ぐのを見たなら、今いる所をたって、その後に続け。

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