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2011/05/12

文脈を汲んで意味くらい通したらどうだろうか

ヘブル語は、どのようにも意味がとれる言語のようにも思われる。だからこそ、文脈を適切に考慮しながら訳す必要があるのではないだろうか。そうでないと、聖書の意味がめちゃくちゃになってしまう。

<民数記 22:32>

【新改訳】
主の使いは彼に言った。「なぜ、あなたは、あなたのろばを三度も打ったのか。敵対して出て来たのはわたしだったのだ。あなたの道がわたしとは反対に向いていたからだ。

【新共同訳】
主の御使いは言った。「なぜ、このろばを三度も打ったのか。見よ、あなたはわたしに向かって道を進み、危険だったから、わたしは妨げる者として出て来たのだ。


<箴言 23:18>

【新改訳】
確かに終わりがある。
あなたの望みは断ち切られることはない。

【新共同訳】
確かに未来はある
あなたの希望が断たれることはない。

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自分でも良く分からずに訳しているのではないか?

レビ記には、律法の内容が事細かに記されており、訳者にとっては、つらい部分かもしれない。しかし、だからと言って、いい加減に訳して良いということにはならないのではないだろうか。

<レビ記 10:19>
【新改訳】
そこで、アロンはモーセに告げた。「ああ、きょう彼らがその罪のためのいけにえ、全焼のいけにえを、主の前にささげました。それでこういうことが私の身にふりかかったのです。もしきょう私が罪のためのいけにえを食べていたら、主のみこころにかなったのでしょうか。」
【新共同訳】
アロンはモーセに答えた。
「確かにあの者たちは今日、贖罪の献げ物と焼き尽くす献げ物を主の御前にささげました。しかし、わたしにこのようなことが起きてしまいました。わたしが今日、贖罪の献げ物を食べたとしたら、果たして主に喜ばれたでしょうか。」

<レビ記 19:20>
【新改訳】
男が女と寝て交わり、その女が別の男に決まっている女奴隷であって、まだ全然贖われておらず、自由を与えられていないなら、彼らは罰せられる。女が自由の身でないので、彼らは殺されない。
【新共同訳】
もし、男が女奴隷と寝た場合、その女が別の男の奴隷になるはずでありながら、まだ金も支払われておらず、自由の身にもなっていないならば、男は、損害賠償金を支払わねばならない。しかし、二人の行為は死罪には当たらない。彼女は自由の身ではなかったからである。

新改訳聖書は、もうちょっと自分のやることに責任を持つべきだと思う。

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