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2011/04/12

食物として?

レビ記第3章には、和解のいけにえの捧げ方が書かれているが、新改訳では、それを「食物として」捧げると書かれている。だれがそれを食べるのだろうか。これは焼いて煙にしてしまうのだから、祭司が食べるのではないし、捧げた人が食べるのでもない。それでは、神であろうか。そんなはずもないのである。それなのに、なぜ「食物として」と書かれているのであろうか。

それは、私たちが本来食べるべき食物の中から、「脂肪と血だけは」それを食べずに神への和解の捧げものとするという意味である。だから17節には、「脂肪と血は決して食べてはならない」(新共同訳)と書かれているのである。

そこで、新改訳の「食物として」という表現は、不適切である。また、17節の「脂肪も血もいっさい」という強調表現も、この意味を返って薄めて曖昧にしてしまうのである。そこで、ここを訳した新改訳の訳者は、レビ記の「和解のいけにえ」の意味をまったく捉えずに、また自分のこととして考えずに訳しているとしか思えないのである。

【新改訳】 レビ記
3:11 祭司は祭壇の上でそれを食物として、主への火によるささげ物として、焼いて煙にしなさい。
3:16 祭司は祭壇の上でそれを食物として、火によるささげ物、なだめのかおりとして、焼いて煙にしなさい。脂肪は全部、主のものである。
3:17 あなたがたは脂肪も血もいっさい食べてはならない。あなたがたが、どんな場所に住んでも、代々守るべき永遠のおきてはこうである。」

【新共同訳】 レビ記
3:11 祭司はこれを祭壇で燃やして煙にする。これが燃やして主にささげる食物である。
3:16 祭司はこれを祭壇で燃やして煙にする。これが宥めの香りとして、燃やしてささげる食物である。脂肪はすべて主のものである。
3:17 脂肪と血は決して食べてはならない。これはあなたたちがどこに住もうとも、代々にわたって守るべき不変の定めである。

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