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2011/01/10

グリソストモの死

第十二章
 そのとき、村里へ食糧の調達に行っていた山羊飼いの若者が戻ってきて、こう言った、「なあみんな、村で大騒ぎになっていることを知っているかい?」それは、マルセーラという美女の羊飼いに恋い焦がれて自ら命を絶ったグリソストモという青年のことであり、その葬儀が明日、この近くで行われるということであった。そこで、ドン・キホーテが、その死んだ青年は、どんな男だったのかと訪ねると、それに応えて彼は、順を追ってしかも興味深々にそれを物語ったが、それはこの悲劇の主人公であるグリソストモだけでなく、その恋の相手マルセーラについても多少詳細に触れずには済まなかった。
 この二人は、共に裕福な家の生まれで、両親の財産を受け継ぎ、何一つ不自由がないばかりか、グリソストモは学才に恵まれ、マルセーラの方は類まれな美貌とそれに吊り合う貞節を身に付けていたという。そのような二人が、なぜにこのような悲劇を演じることになったのか。もっとも実際に悲劇を演じたのはグリソストモ一人であり、マルセーラは、ただ彼と彼を哀れに思う彼の親友の心の中においてのみ、悪女としてその配役を得ていたのであった。
 神は、人をご自身の似姿に創造され、女を男の助けとして備えられた。それゆえ、男は女を必要とする。生きていく助けとして。しかし、実際は、彼は恋の対象として女を求める。ここに悲劇が始まる。それは、ある意味で、神の造られたものを自分の心を楽しませる目的に供することであり、いわば偶像崇拝とも言える。しかし、この世界はすでにそのような原理によって動いており、それが常識になっている。したがって、今では、この常識に逆らって、執拗に貞節を守ろうとするマルセーラのような女は、むしろ悪女のように見なされるのである。つまり、彼女のような女が存在する限り、それは、彼女と出会う男にも、貞節を強要することになり、それを守れない男を誘惑するものとならざるを得ないのである。
 ドン・キホーテのような遍歴の騎士の存在は、このマルセーラの存在に相対するものである。しかし、彼女が決して善を意図せずに奔放に振る舞っているのに対して、ドン・キホーテは、失われた貞節と純血を守り、それをこの世界に復興させることを目指しているのである。

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山羊飼いたちと

第十一章
 森の中でドン・キホーテとサンチョは、そこに野宿していた山羊飼いたちに暖かく迎えられた。二人は、惜しげもなく振る舞われた山羊の肉料理をお腹いっぱい食べた。そして、デザートにはドングリが出て来たが、ドン・キホーテはその一つかみを手のひらでもてあそびながら、古き良き時代のことやその後の乱れた時代のこと、そしてそのような時代のニーズから遍歴の騎士が生まれ、自分はその階級に属し、生娘を守り、寡婦を庇護し、世を正すために立ち働いていること等を語って聞かせた。山羊飼いたちは、そのようなドン・キホーテの話しの意味など、理解するすべもなく、ただ呆気にとられて、ぽかんと聞いていた。しかし、その話が終わると、彼らの中にいる歌い手に一曲振る舞わせたいと申し出、その若者を呼び寄せ、彼の歌が始まった。
 このひとときは、まさにドン・キホーテが語った、古き良き時代の黄金の時間だったのである。山羊飼いたちは、遍歴の二人、どこの誰とも知らぬ者たちに自分たちの命の収穫を惜しげもなく振る舞い、彼らの間には階級の差もなく、すべてが共有であり、それゆえに現代人のように出世やビジネスの成功をもくろんであくせくしたり、人の顔色を伺うこともないのである。そしてそれは、彼らが迎え入れた遍歴の二人連れもまた同じなのであり、その共通の価値観こそが互いに見知らぬ同士である彼らを一つにしていたのである。彼らの間には、戦略的な情報交換などはなく、すべてが彼らが二人に振る舞った皮袋のぶどう酒のように、その場限りのものである。しかし、そこには彼らの間で必要なものは、すべて過不足なく備えられているばかりか、それらに加えて創造主なる神が与える守りと祝福も豊かに添えられているのである。
 そのような黄金の時間が歴史を生きる人々の心から消え去ったのは、いつのことだっただろう。その代わりに、彼らの心を占めたのは、はかない利害への気遣いや、他人を見下すためのしがない策略の類だったのであり、彼らはそれらと引き替えに、いったい自分が何を失ったのかすら分からなかったのである。
 その宴のさなかにドン・キホーテの耳がまた我慢できないほどに痛みだした。彼がサンチョに手当を頼むと、それを見ていた山羊飼いの一人がすぐに直る薬があると言い、あたりに生えていたローズマリーの葉を噛みつぶし、塩を混ぜて傷に当て、包帯を巻いたが、果たしてドン・キホーテの耳は、速やかに快方に向かったのであった。

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