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2010/12/15

思い姫ドロシネーア

第四章
 騎士の叙任式を受け、意気揚々と城ならぬ宿屋を後にしたドン・キホーテの姿はいかにも凛々しかった。しかしまもなく、宿屋の主人の忠告を思いだし、お金や着替えの備えを整えるために、一度家へ戻ろうと思い立った。またこの際、従者を一人雇おうと思ったが、それには、自分の近所に住む、妻子持ちの貧しい農夫がうってつけだと考えた。そうこうしているうちに、近くで助けを求めるような叫び声が聞こえてきた。それは、実はある農夫が、仕事をまじめにやろうとしない下男を折檻しているところだったのだが、ドン・キホーテには、弱者を虐げる極悪非道で、騎士の風上にも置けない者と映った。そこで彼は、これは騎士としての最初の冒険であり、その打たれている者を助けるのが正義の騎士たる自分の使命だと確信した。そこで、思い姫ドロシネーア・デル・トボーソに忠誠を誓いながら、その農夫に立ち向かい、みごとに虐げられていた者を解放し、意気揚々とその場を後にしたのであった。
 それからさらに歩いて行くと、向こうから大勢の人が歩いてくるのが目に入った。それは、絹の買い付けに行く途中の商人たちであったのだが、ドン・キホーテには、それが遍歴の騎士たちと映った。そして、これまた新たな冒険の到来と信じ、彼らと一戦交えるべく、声を張り上げて言った、「あいや、おのおの方、止まられい。世界広しといえども、ラ・マンチャの女王にして比類なきドロシネーア・デル・トボーソに優る美しい乙女はどこにも存在しないと、はっきり認めざるうちは、誰ひとりとしてここは通れぬぞ」。彼らが驚きあきれて、その前にせめて一目でもその姿を見させてほしいと言うと、彼は答えた、「いや、姫の容姿を見ての上であっては、おのおの方がかくも明かな事実を認めたところで、なんら意味をなさぬではないか。ここで肝心なのは、あの方を見ることなく、その美しさを信じ、認め、主張し、誓い、擁護しなければならんということなのじゃ」と。なんというわがまま、何という狭小な見解であろうか。凡人は、そのように考えるのが常である。しかし、その姿を見なければ認めないというのは、自分が判断するということを意味する。
 この世界には、人が自ら判断しなければならないようなことが確かに多くある。しかし、その状況をもってして、すべてのことを自分で判断しなければならないと思うべきではない。つまり、人間の判断能力を越えるものが存在するのであり、それらについては、人は自ら判断を下すことができないことを認める必要があるのである。
 たとえば、ドン・キホーテが提示しているところの「何が最高の美か」ということについても、それを判断する能力は、人には与えられていない。キリスト信仰の内容についてもそうである。それは、信じる以外にない。そして、信じるということは、それを受け取る側からすれば、選択の自由を主張したいようなことではあるが、一方それを与える側から見ると、そうではない。それは、いわば強制なのであり、根本的には、押しつけなのである。それゆえ彼は、他の候補を並べて提示するということをしないのであり、それが唯一の真理であることに確信を持っているのであり、そうでなければ、彼はうそつきということになるだろう。
 かくしてドン・キホーテは、槍を低く構え、彼の馬に鞭打って、敵たちに敢然と立ち向かって行ったのであった。しかし、不幸にも名馬ロシナンテが石につまづいたため、落馬し、彼らうちの地の気の多い若造に、散々に打ち据えられてしまったのであった。

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