« 2010年11月19日 | トップページ | 2010年11月27日 »

2010/11/24

教えの目的

第5章
 主イエスは、山の上で口を開き、弟子たちに教えられた。主イエスの教えとは、何だろうか。
 それは、まず「神の国の福音」である。神の国は、どんなところなのか。そこには、地上とは違う法則がある。だれでもその気になれば、世界一幸福になれる。そして、誰にもその幸福を奪い去ることはできない。幸福は、神の国の属性であり、そこに属する者に常に伴うのである。
 第二に、主イエスの教えは、「律法の解き明かし」である。律法とは、戒めであり、堕落した自由意志への禁止条項である。しかし、神の国においては、人間の意志は、購われ、完全に自由なものとなり、律法の要求を完全に遂行できるようになる。それにより律法は、禁止条項という役目を終えて、神の御心を行う喜ばしい意志へと完成するのである。
 そして最後に、主イエスの教えは、「独り子の啓示」である。父なる神は、御子によってこの世界に語ったのだが、その語った方は、御言葉そのものであった。つまり、神の言葉が肉体となって世に来て、世を生きることにより、ご自身を世に啓示し、ご自身を世に与えたのである。神の言葉を聞くものは、それを語るものが誰であるかを知り、それにより自分がどのような者かを知り、その語っておられる方を受け取り、自身がその方の栄光を写し、日々その方の姿に変えられて行くのである。
 それゆえ、主イエスの教えは、何かその外に目的を持っているものなのではない。私たちは、主イエスの教えを勉強し、それを実践することにより、何か偉大な事業を成し遂げようというのではない。主イエスの教えは、それにより、私たちが主イエスと親しい関係になり、神の御心を行う者となるためなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月19日 | トップページ | 2010年11月27日 »