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2010/09/21

ロバ祭り

 しかしそれにしても、彼らの考え出したそのような狂騒は、ツアラトストラの精神の許容力を越えていた。それで彼は、ついにもうそれ以上自分を抑制しておれなくなり、みずからロバよりも声高くイーアーと叫んで、彼の発狂した客人たちの真っ直中に跳び込んで、その真意を問い正した。
 すると、年老いた教皇が言った、「おお、ツアラトストラよ、どうか許してくれ。しかし実際は、『神は霊である』と語った者こそが、これまで地上において、不信仰への最大の歩みと跳躍を行ったのだった。それゆえむしろ、神をこういう形で拝む方が、全く形なしで拝むよりは、ましなのだ」と。それは、文字どおり偶像崇拝である。しかし私たちは、この教皇を手放しに非難できるだろうか。神が霊である限り、人間は、神を精神的に礼拝する、つまり心を込めて礼拝することは困難なのである。というのも、霊的な事柄は、人の精神を遙かに越えているからである。しかし、神は人となったのである。そして私たちは、この形ある人間イエスを礼拝することができるのである。しかし、その目的は、何か難しい神学を展開することではなく、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、彼に仕えるためなのである。
 しかし、いずれにしても、年老いた教皇自身は、そのようなことを理解していなかった。そしてまた、そこにいた奇妙な連中の中の誰一人として、自分の行ったことの意味を理解してはいなかったのであった。ツアラトストラは、彼らのそのような悪ふざけの返答に驚きあきれて、彼の洞窟の戸口のところまで跳びすさっていたが、次の瞬間に一同の方に向き直り、声を高めて叫んだ。しかしそれは、以外にも彼ら奇妙な者たちへの受容と愛の言葉であった。そして彼は言った、「そなたら、奇妙な者たちよ、そなたら、高等な人間たちよ、今やそなたたちは何とよくわたしの気に入ることか。しかし今は、何とぞそのような子供部屋を見捨てよ、今日あらゆる児戯の行われたわたし自身の洞窟を。およそ天国にはいることなんか、われわれは全く欲しない。われわれは大人になったのだ、されば、われわれは地上の国を欲する」と。なぜそのように言ったのか、おそらく彼自身も理解していなかったであろう。しかしツアラトストラは、彼の心に響いてくる言葉を彼らに向けて語りかけた。そしてそれは、彼らをある種の覚醒へと導くものだったのである。
 「この夜とこのロバ祭りを忘れるな、そなたら、高等な人間たちよ。それはそなたたちがわたしのもとで考案したものだ。それをわたしは良い前兆と見なす。この種のものを考案するのは、ただ回復しつつある者たちだけだ」、ツアラトストラは、かく語った。

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覚醒

 「さすらい人にして影である者」の歌が終わると、洞窟はにわかに騒ぎと笑いで充満した。彼の官能的な歌が、それを聞いていた一同に、ある喜ばしい共感を与えたのである。それは、彼らが今まで一度も体験したことのないものであった。というのも、彼らはそのようなものを悪しきもの、排斥すべきものという教育を受けて育ち、理由も分からぬままに、ただただ自らそのように生きてきたからである。しかし彼らは、そのようなものを、事もあろうに、神聖なツアラトストラの洞窟の中で聞いたのである。そしてその体験は、彼らの道徳観を一変させてしまったのであった。事実、彼らは、それが何とツアラトストラの洞窟の中で歌われ得るものであることを理解したのであった。それはもちろん、彼らが長い間失っていた生への積極性の最も低い段階ではあるにしても、現状の彼らは、そこから始めざるを得ないのであり、とにかくも彼らは、ついにそこまでたどり着いたのであった。
 「彼らはつついている。わたしの餌が効き目を現しているのだ。彼らは、回復しつつある者たちなのだ」とツアラトストラは語り、喜んだ。しかし、次の瞬間、突如としてツアラトストラの耳は驚愕を覚えた。というのは、それまで騒ぎと哄笑で充満していた洞窟が、にわかに死のように静かになったからであった。ツアラトストラがいぶかしく思い、彼らの様子を伺うと、何と彼らは、祈っていたのであった。しかも、子供たちや信心深い老婆どものするようにひざまずいて、「ロバを拝んでいた!」のであった。ちょうどそのとき、あの最も醜い人間が、一同に拝まれ香煙を捧げられているロバを賛美するための、一つの敬虔な特異な連祷を唱え始め、一同はそれを唱和し、それに加えてロバまでもが調子を合わせて「イーアー」という鳴き声を発するという奇怪な情景が展開したのであった。いったい何が始まったのか。彼らは、気が狂ってしまったのかとツアラトストラはいぶかったが、それもやはりツアラトストラによれば、彼らの回復の、そして覚醒の一つの段階であり、兆候でさえあったのである。
 「もろもろの新しい希望が彼らの腕と足に籠もっており、彼らの心胸は伸び広がっている。彼らはもろもろの新しい言葉を見いだしており、まもなく彼らの精神は、奔放を呼吸するであろう」ツアラトストラは、かく語った。

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