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2010/09/03

晩餐

 主イエスがゲッセマネの園で捕らえられた夜、彼と弟子たちは、共に過ぎ越しの晩餐を守るために、一つの部屋に集まっていた。主イエスのただならぬ様子を察した弟子たちは、食事どころではなかったのかも知れない。実際、それは、食事どころではない程に切迫した状況だったのである。そのようなときに主イエスは、弟子たちと別れの食事をすることを望まれたのであった。
 一方、ツアラトストラの洞窟に集まっていた奇妙な連中は、それぞれに別個の要求を持ってやって来ていた。その中の一人、予言者と自称していた者が、ツアラトストラの話が途切れた瞬間を捉えて言った、「しかし、ツアラトストラよ。一事は他事よりも必要であるとは、あなた自身の言うところだ。よかろう、一事がわたしにとって今や一切の他事よりも必要なのだ。一言、時宜にかなったことを言わせてもらえば、あなたはわたしを饗宴に招いたのではなかったのか。また、ここには、長い道のりを歩いて来た者がたくさんいる。あなたはまさか、お話の供応だけでわれわれを追っ払うつもりではあるまいね。それにまた、あなたたちはみな、凍死とか、溺死とか、窒息とか、そのほか身体のもろもろの窮境については、すでに多すぎるほど述べてくれたが、わたしの窮境のこと、すなわち餓死のことは、誰一人として述べはしなかったのだ」と。
 彼らは、尊敬する師ツアラトストラのところに集まっていた。そして、饗宴が始まろうとしていたのだが、それは、師であるツアラトストラが望んだようなものではなかった。彼らは、ツアラトストラにとっては、招かれざる客であった。その彼らが、師であるツアラトストラに食事を要求し、その結果、晩餐が始まろうとしていたのである。もっとも、あの最後の晩餐においても、主イエスの弟子たちは、師である主イエスのことを理解していなかった。彼らは、これから何が起こり、それがどのような意味を持つのか、まるで理解できていなかった。そればかりか、彼らはそのしばらく後に、自分の命を惜しみ、師である主イエスを見捨てて一人残し、敵の手に渡してしまうことになるのである。そのような弟子たちに、主イエスは過ぎ越しの晩餐を自ら喜んで提供した。そして、自分の死後、弟子たちがやがて自分の後継者となり、福音を世界中に宣べ伝えてくれることを信じ、夢見たのであった。
 しかし、ツアラトストラも、この晩餐に満足していた。そこに集まっていた者の内の、自ら進んで乞食となった者が、「洞窟にこもり、高い山々に入るのは、こういう饗宴を催すためなのか」といぶかると、ツアラトストラは彼を、「わたしのように、きげんよくせよ。そなたの仕きたりを守るがよい、そなた、すぐれた者よ」とたしなめた。主イエスは、ひとつの良い意図と賢い計画とを持っておられた。そして、主イエス亡き後は、天から降った聖霊がその実現を導かれた。しかし、ツアラトストラは、何の計画も持っていなかったのである。そして、それゆえに彼は、この錯乱した饗宴においてきげん良くしていたのであった。しかし、そんな彼にも、一つの意図があった。それは、虚偽からの解放であった。彼にとって、もはや信じるに値するものは、自分しかない。他にあるとすれば、自分のように考える者たちだけである。その他の、固定概念に捕らわれた連中は、もはや彼の眼中にはないのである。そして、彼の意図とは、彼のように考える人の群れが起こされることである。それは、そもそも可能なことなのだろうか。もしこの世界に、神というものが存在せず、したがって、善悪という概念は人が考え出したものだとしたら、それらすべてを度外視した状況が想定されるのであり、人は、あらゆる固定概念から解放されることにより、すなわち自己を超克することにより、ある統合された全体性へと到達するということが考えられるかもしれないのである。しかし、それはどういう世界だろうか。
 「わたしが一個の掟であるのは、ただわたしに所属する者たちにとってだけだ。わたしは万人にとっての掟ではない。だが、わたしに所属する者は、強い骨を持っていなくてはならず、また軽い足を持っていなくてはならぬ。戦争と祝祭を好み、陰気者でも夢想家でもなく、さながら自分の祝祭を心待ちするように最も困難なことを待ち、健康にして健全でなくてはならない。最上のものは、わたしに所属する者たちとわたしとのものである。そして、人々がそれをわたしたちに与えなければ、わたしたちはそれを奪うのだ。最上の飲食物、もっとも清澄な天空、もっとも強い諸思想、もっとも美しい女性たちを」、ツアラトストラはかく語った。

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