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2010/08/20

最も醜い者

 ツアラトストラがさらに道を進んで行くと、道ばたに何かが座っているのが目にとまった。それは、人間のような姿かたちをしてはいるが、ほとんど人間とは見えず、何とも言いようのないものであった。ツアラトストラは、そのようなものを目の当たりに見て、突然に大いなる羞恥に襲われた。というのは、彼にはその正体が分かったからである。そして彼は、そのうずくまっている者に言った、「わたしにはそなたの正体がちゃんと分かっている。そなたは神の殺害者なのだ」と。
 神は、殆ど精神と見分けがつかないほど、人の近くにおられる。それは、自分自身を正直に観察して見れば分かることだ。祈るとき、神の御心を求めるとき、時に人は、神の思いを自分の心の思いと勘違いしてしまうことがある。人はまた、良心によって、自分の行いを吟味する。しかし、神は良心ではない。良心は、神の姿形に造られた人間に備わった、神の性質と言えるかもしれないが、神はそれとは独立した存在、絶対者なのである。
 無心論者は、自分自身の良心のことを神と勘違いしている。良心は、誰でも持っているものだが、それとの関係の有り様は、人によって千差万別である。ある人にとっては、それは彼の人生を照らす光であるが、またある人にとっては、常に自分を監視し、弾劾しようとするものである。それゆえ彼には、良心の存在は重荷でもある。もし彼が悪を成すならば、ただちに良心からの告発が始まる。それは、彼に正しい道を示すと共に、彼自身の醜さを映し出す鏡ともなる。そこで、彼が良心に逆らって悪を成し続ける為には、彼が自分の良心を抹殺するということが必要となる。しかし実は、これほど困難なこともまたとないのである。というのは、良心は彼の精神の構成要素だからである。もし彼が、自分の良心を殺すならば、そのことにより、彼は無傷ではいられない。おそらく彼の精神は、致命的な打撃を受け、破滅に追い込まれるだろう。そのように精神という存在は、デリケートで有機的な綜合体なのである。それに対して、感覚的なものは、変幻自在でどのような状態が正常なのかが判定し難いほどである。そこで彼は結果的に、良心を殺すよりはむしろ感覚の方を改変していくことになる。しかし、感覚を改変するということは、自己イメージの改変になることに彼は気がつかない。というのは、彼が自分自身を認識するのは、彼の感覚によるのだからである。そこで彼は、自分の悪行によって自己イメージをダウンしないようにしたつもりが、返ってそれを助長してしまう結果になるのである。そのような者は、自分に対して敵意を抱いているのであり、自己分裂の契機を自分の中に懐胎しているのである。ツアラトストラは、そこにうずくまっていた者の、そのような状態を察知し、非常な羞恥心に襲われたのであった。「神の殺害者」とツアラトストラは、彼のことを呼んだ。しかし、実は彼は、「彼自身の良心の殺害者」であったのだ。そして、それは実は、「彼の感覚の改変者」にしか過ぎなかったのである。
 このような自己の誤解、神の似姿に造られた精神の堕落は、無神論者にだけ起こり得るものなのだろうか。つまりクリスチャンは、そのようなことから、神によって終始守られているのだろうか。否、残念ながらそうではない。そればかりではなく、もしクリスチャンがこのような自己理解の失敗に陥ることがあるとしたら、それは大いに危険なことなのである。というのは、そのとき彼が欺こうとしているのは、自分の良心ではなく、実に全能の神だからである。信仰者にとって、彼を常に見張っているのは、彼の良心ではなく、全能の神ご自身である。そして彼の良心は、彼が神に従うための助言者なのであり、良心が与えられていなかったら、彼は神に従うことができないであろう。というのは、神に従うとは、自分自身の意思で従うことだからである。いずれにしても、人間と言う存在は、神の前に塵灰に等しいものである。そして、そのことは、無神論者にとっては、限りなく屈辱的なことであり、どうにかして超克すべきことである。しかし信仰者にとっては、大いなる誉れ、自由、財産なのである。
 「いったい人間は、なんと貧弱なことか。なんと醜く、なんと息も絶え絶えにのどをごろごろと鳴らし、なんと隠された羞恥に充ちていることか。世人はわたしに言う。人間は自己自身を愛すると。ああ、この自己愛はどんなに多くの自己軽蔑を含んでいることか。あそこにいたあの者もまた、自己を軽蔑しながら、それと同じ程度に自己を愛していたのだ。わたしの見るところでは、彼は一人の大いに愛する者であると同時に、一人の大いに軽蔑するものである。私は大いなる軽蔑者たちを愛する。だが、人間は、超克されなくてはならないところの、何ものかである」、ツアラトストラは、かく語った。

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