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2010/08/16

失職

 ツアラトストラがなおも歩いて行くと、一人の黒衣を身につけた背の高い男が道の脇に座っていた。ツアラトストラは彼を見て、ひどく不愉快な気持ちになった。というのは、彼にはその男が聖職者のたぐいであることが分かったからだ。しかし実は彼は、聖職を失った者であった。彼は言った、「最後の敬虔な人間、ただひとり自分の森のなかにいて、今日では世の人々がすべて知っていることについてまだ何も聞いていなかった一人の聖者にして隠遁者なる者を、わたしは探し求めたのだ」と。彼はなぜ聖職を失ったのか、それは、世の人々が神を信じなくなったからだった。そしてもはや彼は、この世界で神に仕える仕事をすることができなくなってしまったのである。そして再び、そのことを人々が意識するに至ったのである。すなわち、世のすべての人が、神の存在が無意味になったこと、そしてその結果、神に仕える彼が職を失ったことを意識するに至ったのである。しかし彼は、職にあったころのことが忘れられず、まだそのことを意識していない人、つまり最後の敬虔な人間を探して、その人にだったら神のことを伝える自分の職を行えることを期待して、この山奥に分け入ってきたのであった。ところが、彼が出くわした、その最後の経験な人間らしい者は、ツアラトストラその人であった。なんという皮肉であろうか。というのは、ツアラトストラこそ、「神は死んだ」ということに気付いた最初の人間だったからである。
 今日の日本において、クリスチャン人口は0.2%以下と言われる。この状況をどう見たら良いだろうか。ツアラトストラなら、「日本において神は死んだ」と言わないだろうか。今日、テレビを見ても、新聞を見ても、ラジオを聞いても、そこに見られ、聞かれるものは、ほとんど100%に近く、非キリスト教的な物事ではないだろうか。「いや、福音放送がある、キリスト新聞がある、伝道集会がある、映画がある」等々と言うかもしれないが、それらのすべてがキリスト教的とは限らない。たとえば、そのアプローチが、この世の人に、キリスト教の正しいことを立証するような内容だったとしたらどうだろう。それは成功しているだろうか。否、成功しているとは言えない。ということは、それは本来の目的を達していない。それがキリスト教の立証を目的とする限り、それが失敗しているということは、その状況自体が神の存在を否定していることになりはしないだろうか。「いや、キリスト教自体が、現代の不信仰な状況を予言しているのだ」とある人は言うかもしれない。その場合には、その人の立場は、終末論的な立場であり、世の人に対する義なる神の審判を述べ伝えているのである。しかし、現在の教会で、そのような立場がどれだけ語られているだろうか。なにか、こう、もやもやとしたものが現代のキリスト教界を覆っているように思えないだろうか。神は、いったい何をしておられるのか。眠っておられるのか。しかし、年間に何万人という人が自ら命を閉じるような今日の日本の状況を知らないはずはないのだが。
 その失職した聖職者は言った、「わたしはこの年老いた神に彼の臨終の時まで奉仕した。だが、今やわたしは失職の身で、主人を持たないが、しかも自由の身ではなく、実際また、追憶にふける以外には、もはや一刻も心楽しまない」と。私たちは、彼を失職者というよりも、失格者と呼んで軽蔑するだろうか。しかしもし、現代のキリスト教が、何か大変な思い違いをしているとしたら。そして、その結果が現代のこの状況だとしたら。そして、それを解決するものが、今日の状況からすると、実際は終末論以外にはない状況なってしまっているにも関わらず、未だに一生懸命に恵みの福音を述べ伝えて倦むことがないとしたら。それは、もう、あの失職した聖職者の状況とほとんど同じなのではないだろうか。いったいいつまで、それをやり続ければいいのか。いつになったら、人々が恵みの福音の前に、涙を流して駆け寄ってくるということが起こり得るのだろうか。このままでは、だめではないだろうか。何事かがなされなければ。そしてそれは、神の特別な介入かもしれないし、預言されている、後の日のリバイバルなのかもしれない。いずれにしても、私たちには、少なくとも、そのような神の業をこそ期待し、それを待ち望み、それに備える信仰が必要なのではないだろうか。
 ツアラトストラは、その失職者に言った、「だが、そなたの憂愁をそなたの肩から取り去ってくれるような者が、誰かあろうか。そうしてあげるには、わたしはあまりに弱すぎる。まことに、そなたのために誰かがそなたの神を再び目覚めさせるまでには、われわれは長いあいだまつことになりはしまいか。というのは、この年老いた神はもはや生きていないからだ。この神は根本的に死んだのだ」、ツアラトストラは、かく語った。

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