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2010/08/07

窮境を訴える叫び声

 ツアラトストラのところにかつて会ったことのある一人の予言者がやってきた。彼は、「すべては同じことだ、何事もそのかいがない、この世は無意味だ、知は窒息させる」と教えていた。彼は、この古い考えにツアラトストラを連れ戻そうとやってきたのであった。「聞こえるか、おお、ツアラトストラよ。あの叫び声はあなたに向けられているのだ。あなたを呼んでいるのだ。来たれ、時が来た、時が熟したと」。それは、ツアラトストラに対する大いなる誘惑であった。彼はかつて、まさにこの衝動に駆られて山を降り、下界へ赴いたのであった。
 しかしツアラトストラは、その後新しい境地へ到達した。それは、彼が最初に山に分け行ったときには、考えも及ばなかったものであったが、方向性は変わっていなかった。彼は、すべてのキリスト教的な物事から離れ去ろうとしていたのである。彼は、最初の隠遁生活の後、自分の内に充満を覚えた。そして、彼の内のその充満は、彼に語ることを要求したのであった。それは、新しい教えであり、彼が山における隠遁生活の中で獲得したものであった。そして、今再び彼を訪れたこの予言者は、かつてその彼の構築した教えを否定してこう言ったのだった、「人が考え出したものは、すべて空しい」と。彼は、すべてを否定する。しかし、実は彼は、何かを求めているのである。そう、新しい教えを。しかし彼は、それを期待しつつも否定する。今までに、自分を満足させる教えに出会ったことがないから。実際、彼のように多くを学んだ者にとっては、すべては空しい以外にないのである。というのは、人は学べば学ぶほどに、虚しさを覚えるからである。と言うのは、彼が求めているのは、最上のものであり、常に自分よりも高いものなのだが、それを学ぶことにより、今度は彼自身がその真理よりも高いものとならざるを得ないからである。そのようにして、彼は探求により常に自らを虚しくせざるを得ないのである。自らの探究によって、真理に到達しようとするものは、皆このように挫折せざるを得ないのである。
 しかし、現在のツアラトストラが到達した境地は、そのようなものではない。彼は、自らの探究によって、真理に到達しようとは、もはや思わない。彼はむしろ、真理に到達しようとさえ考えないのである。つまり彼は、真理というものを自ら把握しようとは思わない。把握されたものは、すでに彼の求める真理ではあり得ないからである。むしろ彼は、真理を把握せずして受容する。彼自らが真理と同化し、能動的にその一部となることを決意するのである。真理を啓示以外の形態で受け取ろうとしたら、それはまさにツアラトストラのようにならざるを得ない。すなわちそれは、期待と予感による無条件の受容であり、そこから永劫回帰と超人の思想が生まれ来るのである。
 かの予言者は、ツアラトストラの内に浮かんだ新しい思想、彼が採取した新しい真理を試みようとして、彼の元にやってきた。しかし、彼はそこに、新たな真理を何も見つけることはできなかった。そこには、新たな真理などなかった。彼は、ツアラトストラの内の変化に気づいた。しかし、それが何であるかについては、知る由もなかったのである。彼の元を立ち去ろうとするツアラトストラに挑戦の意味を込めて彼は言った、「おお、ツアラトストラよ。あなたがそこに立っているさまは、わが身の幸福のあまり思わず旋回して目眩を覚える者のようではない。あなたは、倒れないために、舞踏せざるを得ないであろう。しかし、たとえあなたがわたしの前で舞踏し、ありとあらゆるあなたの横跳びを跳んでみせようとも、誰もわたしに言えようはずはないであろう。見よ、ここに最後の楽しげな人間が舞踏していると」。ああ、この予言者が、自分の本当の姿に気づくことができたなら。彼が求めているもの、その探求方法こそが、彼の否定しているところの、かつてのツアラトストラの教えそのものであるということを認識することができたなら。彼は洞窟の中で、ツアラトストラがなめ尽くし、浪費しつくした密の缶を見て、ツアラトストラの新しい舞踏を称賛したであろうに。
 ツアラトストラは立ち去りながらも、彼を慈しみ、洞窟の中でいつまでも帰りを待つと言った彼に向って後ろ向きに叫んだ、「ともあれ、もしそこにまだ蜜が見つかったら、さあ、どうか遠慮なくそれをなめつくすがよい。そなた、うなり声を立てる不平家のクマよ、そして、そなたの魂を甘くするがよい。夕方には、わたしたち両人は上きげんでいたいからだ。この一日が終わったことのゆえに、上きげんで、心楽しくありたいからだ。そして、そなた自身が、必ずや、わたしに踊りを仕込まれたクマとして、わたしのもろもろの歌に合わせて踊ることになろう。そなたはそれを信じないのか。そなたは頭を横に振るのか。よかろう。年老いたクマよ。しかし、わたしもまた、一人の予言者なのだ」と。

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