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2010/01/22

巨大化

 現代社会の一つの特徴として、その構造の巨大化と相互の吸収作用をあげることができるのではないだろうか。企業が生き残るために次々と他の企業を買収、吸収し巨大化していく。吸収される側の企業にも、もはやそれに応じる以外に選択の余地がなくなっている場合も多い。私の関係する情報分野においては、Linux等の巨大なオープンソースコミュニティーが存在する。また、Google、Yahoo、IBM、Microsoft、Oracleというような巨大なIT企業が他の追随を許さずにさらなる巨大化を推し進める。その力の前には、すでに日本の情報企業も太刀打ちできない。ネットビジネスやクラウドコンピューティングのビジネスにおいても、すでに勢力の構図ができあがっており、それを打ち破ることはほとんど不可能に見られる。
 このような社会経済における巨大化の構造は、人間の意識にも当然反映してきている。それは、人間存在の根底を揺り動し、一人一人の存在感を喪失させ、もはや自分はなにか巨大な組織の一員、単なる一個の歯車としてしか生きられないという思いを抱かせるに十分である。実際問題としても、それ以外にもはや現代人の生きる道はないように見える。人間的な目から見るとそれ以外に道は残されていないのである。というのは、上記のような社会経済構造に対応して、人と人との関係や学問、芸術に至るまでが高度に階層化、細分化してしまっているからである。さらに特徴的なこととして、下の層に属する者がその上の層に進出するようなことは、様々な事情から非常に困難な仕組みになってきているのである。それにより、下の階層に生まれついたもの、不幸な経緯で突如として下層に落ち込んでしまったものは、もう二度と上の階層に復帰することは不可能なような社会になっているのである。というのは、ごく少数の上位の者が無数の下位の階層の者たちから利益を搾取するという、古来の社会原理がこの高度に発展した科学経済の現代社会においても依然として成り立っているばかりか、これまでにないほどに強固なものとして構築されてきているからである。その背後には、アダムを誘惑してその祝福をだまし取った悪魔の存在が見える。悪魔は、1/3の天使を従えて神に反逆し、神の王国に敵対し、これを自分の支配下に治めようと企てており、世の人々を物欲により誘導して、この世界を自分の王国に変えようとしているのである。
 これらの動きに抵抗し、それを打ち破るためにはどうすればよいのだろうか。しかし実際は、現代のクリスチャンもこのように巨大化していく組織に自ら所属しながら、なすすべもなくその経済原理や組織のポリシー、人間関係等々に圧倒されながら奔走するのみで、それらを変革することはおろか、抵抗することさえできないというのが実状のように見えるのである。その原因は、私が見るところでは、キリスト教会の中に聖霊の火が消えてしまっていることである。本来は神に造られた尊い存在、神の子、キリストの戦士であるところの一人一人のクリスチャンが教会から十分に力を受けることができなくなっているのであり、それこそが悪魔の目的なのである。
 上記のような現代社会の根本的な構造にキリストの軍隊は、どのように立ち向かったら良いのだろうか。それは私にはやはり、伝統的な方法によると思われる。つまり祈りによる戦い以外にはないと思う。それも聖霊の助けによる祈りの戦いである。
 私たちが聖霊に依り頼み祈るとき、世界の巨大組織、複雑なシステムの隅々まで把握しておられる神から、私たちに知識が与えられる。かつてダニエルがネブカデネザル王から難問を突きつけられたとき、夜の幻の内にその秘密が与えられた。ちょうどそのように、超自然的に神の領域から解決の方法が来るのである。それは、様々な方法で来るのであり、一見するとそれが神から来たように見えないこともあるかもしれない。しかし祈りは世に勝利する。なぜなら、巨大化していく組織は、まさにそのことにより、もはや自らを完全に把握できなくなっているからである。その好例が、アメリカにおける経済崩壊であり、日本における大手企業の倒産である。そのように、巨大組織は一見頑強に見えるが、それ自身を維持しているのは、実はその運営者でもそこに所属する人でももはやない。それは、実に悪の勢力、エペソ人への手紙に「空中の権力を持つもの」と言われている存在なのである。それは、貪欲であると共にまた気まぐれであり、あるとき唐突にその支配していた組織を手放すこともあるのである。しかしある種の崩壊は、その巨大組織を支配している影の存在と神の軍勢の間の戦いによって生起すると私は信じている。巨大組織を隅々まで把握しているのは、もはや神の方であり、いまや神の軍勢にこそ勝機があるからである。これは、旧約聖書においてもいくつも事例を見ることができる。
 だから私たちは、巨大なグロテスクな組織に取り囲まれているとしても、何も恐れることはない。その中において、ダニエルのような預言者たることが可能なのである。聖霊の助けによる祈りによって。

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