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2009/11/26

京市場

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 これらは、さながら京都の市場に咲き乱れる、「野の花」のように見える。一つ一つ見ていて飽きないし、そこを行き交う人々にも飽きない。その中をもまれて行くことの無上な喜び。あの萩原朔太郎の歌を思い出した。 いつもは、こんなことしないのだが、今日は、その歌を引用してみたい。

『群集の中を求めて歩く』
 私はいつも都會をもとめる。都會のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる。群集はおほきな感情をもつた浪のやうなものだ。どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛欲とのぐるうぶだ。ああ、ものかなしき春のたそがれどき。都會の入り混みたる建築と建築との日影をもとめ、おほきな群集の中にもまれてゆくのはどんなに樂しいことか。みよこの群集のながれてゆくありさまを。ひとつの浪はひとつの浪の上にかさなり、浪はかずかぎりなき日影をつくり、日影はゆるぎつつひろがりすすむ。人のひとりひとりにもつ憂ひと悲しみと、みなそこの日影に消えてあとかたもない。ああ、なんといふやすらかな心で、私はこの道をも歩いて行くことか。ああ、このおほいなる愛と無心のたのしき日影。たのしき浪のあなたにつれられて行く心もちは涙ぐましくなるやうだ。うらがなしい春の日のたそがれどき、このひとびとの群は、建築と建築との軒をおよいで、どこへどうしてながれ行かうとするのか。私のかなしい憂鬱をつつんでゐる、ひとつのおほきな地上の日影。ただよふ無心の浪のながれ。ああ、どこまでも、どこまでも、この群集の浪の中を、もまれて行きたい。浪の行方は地平にけむる。ひとつの、ただひとつの「方角」ばかりさしてながれ行かうよ。

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