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2009/08/21

神に仕える刷新

像を介さぬ認識について
 「あなたがたは、精神とも心とも呼ばれるあなたがたの霊において新たにされなければならない」と使徒パウロは言う。しかし、人がたえず新たにされ続けている間は、まだ本当に新たになったとは言えない。もうそれ以上新たになることがなくなったときに、本当に新たになったと言えるのである。 精神が新たになるとは、どういうことであろうか。それは、精神に固有の働きであるところの「愛」と「認識」が刷新され、それ以上新しくなろうとは思わなくなること、それ以上新しくなる必要がなくなることなのである。
 精神に固有な2つの働きのうち、「認識」とは、神と自分とこの世界に対する認識のことであるが、人は神を文字どおりに認識することはできない。神は、私たち人間のすべての認識を超えているからである。そこでこの認識は、私たちの心の中の高次の知性において実現されるものである。一方自分に対する認識とは、自分の意識がより高次の自己に対して開かれて行くことであり、その程度に応じて彼の認識も、段々と像と写しに依存しない形態になっていくのである。また、この世界に対する認識とは、この世界の事物を正しく認識することであり、自分の意志や欲望にとらわれることなく、神の御心にそってすべての事物を認識するのである。そのためには、彼の認識が天的な光に照らされている必要がある。そのような認識は、ちょうど神の独り子がこの世界の事物を認識するときの認識なのであり、そのような認識に達するためには、私たちの意識が低次の知性から、像も写しも伴わない高次の知性における思惟の内へと飛翔する必要があるのである。
 精神に固有なもう一つの働きである「愛」は、究極的には神に対する愛のことであり、そこからこの世界と自分への愛が派生してくるのである。しかし神に関しては、この世界の事物とは異なり、魂の低次の知性が把握できない対象であるだけに、神の独り子の内にあってさえ把握することはできないのである。というのは、御子が肉体をとられた間は、彼は神を把握されていたのではなく、信仰により神に従っておられたのである。そのような神を私たちは、どのように愛すれば良いのであろうか。それは、文字通り高次の知性における精神活動によるのである。それは、非精神的なものであり、私たちが日常経験する感覚や感情を超えたところのものである。それは、私たちの神への愛が像や写しに依存しないものとなるためである。エックハルトは語る、「あなたは神を非精神的な仕方で愛さなくてはならない。つまりあなたの魂が非精神的になり、一切の精神性を脱ぎすてるほどに非精神的な仕方で愛さなくてはならない。なぜならば、あなたの魂が精神的であるかぎり、魂は像を持つからである。魂が像を持つ限り、魂は媒介を持つ。魂が媒介を持つかぎり、魂は一性も単純性も持つことはない。魂が単純性を持たなければ、魂は神をいまだ正しく愛したことにはならないのである。なぜならば正しく愛するかどうかはひとつになるかどうかにかかっているからである。それゆえにあなたの魂はすべての精神的なものを脱ぎすて非精神的でなくてはならないのである」と。
 非精神的とはどういうことか。それは、自己喪失的ということである。この世における精神的なことがらの核心には、不可解にも非精神的な自己喪失がある。恋愛、友情、戦い、信仰、それらが核心に入り、そのクライマックスに達するとき、そこにあるのは、美しい自己喪失である。それは、何を意味しているのか。それは、私たちは自分を持ったまま、つまり自分個人としてそれらを真に獲得することはできない、すなわちそれらを自己固有の所有物とすることはできないということである。もし仮に、それができたとしても、それは正しいことではなく、それにより、私は孤立と分裂の中に自らを置かざるを得なくなる。私が究極的に自己を実現し、御子を通じて神からすべてのものを相続する方法は、自らを喪失し、無となること以外にない。私たちが獲得しようとするもの、すなわち私たちの愛の対象が神ご自身である場合にはなおさらである。しかしそれは、「無と成り果てる」ことではなく、「永遠に無と成り続ける」ことであり、それこそが私たちが神の御前に永遠の存在とされることなのである。エックハルトは語る、「あなたは神を、ひとつの非神として、ひとつの非精神として、ひとつの非位格として、ひとつの非像として、さらに、一切の二元性から切り離されたひとつの純粋で透明で澄みきった一なるものとして愛さなくてはならないのである。そして、この一なるもののうちで、わたしたちは有から無へと永遠に沈みゆかなければならないのである。そうなるように、神がわたしたちを助けて下さるように。アーメン」。

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