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2009/06/27

紅シジミ

Chou このチョウは、どこにでもいるけど、なかなか写真に撮ることはむずかしかった。けっこう臆病で、近づくと逃げてしまい、接写する機会がなかった。でもこれは、教会の庭に来たやつだけど、けっこう鈍感で、近くにカメラを着けても逃げなかった。チョウにも個性があるんだなーと思った。

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神に仕えるあり方

死して有る生き方について
 私たちは、一生の間、変わらずに忠実に神に仕えたいと願う。しかし、往々にして、様々なできごとや状況の変化の前に、知らず知らずのうちに信仰が揺らいだり、神を信頼できなくなってしまうようなことがときとして起こってくることがある。しかし考えてみれば、私たちの人生は有限であり、どのような試練にも終わりがあり、その後には神の大いなる祝福の約束が与えられているだけでなく、そこへ至る途上における神の守りと助けも十分に与えられることが約束されているというのに、私たちがいつも変わらない信仰に踏みとどまれないことがあるのは、いったいなぜなのか。これがエックハルトがここで提起していることなのである。
 それはなぜかというと、私たちが「自分を捨て、日々十字架を負って私に従え」とのキリストの言葉に心から応答していないことによるのである。このキリストの命令は私たちに、あたかも死んでいるかのように生きることを命じる。そしてキリストはまた、「私のために自分の大切なものを捨てる者は、この世においてその何倍もを受ける」と言われる。そのように、キリストのために一切を捨てるということは、惨めなことでもなく、実は私たちが失っていたすべてを取り戻すことだとエックハルトは言うのである。
 彼によれば、私たちを全き献身から引き離すものは、第一に時間性である。私たちの意識が時間の前後や戦略に基づいているならば、永遠なものを見失う危険性が常につきまとうのである。それは、永遠からの脱落であり、有からの乖離である。そして第二に、自分の中にある矛盾が私たちを全き献身から引き離すのである。たとえば、神に仕える喜びと奉仕に伴う自己犠牲の苦しみの間の葛藤である。しかしこの対立自体は本来、自然界にあるものではなく、人間の意識の中にあるものなのである。それは、人間の魂における分裂の可能性なのであり、魂はそのように全体としての一つの命から分け隔てられて、個々の肉体という牢獄の中に閉じこめられているのである。エックハルトは言う、「神はわたしたちを命よりすぐれたひとつの有の内に移すことをめざしているのである。わたしたちの命がそのうちで生きるひとつの有、そのひとつの有の内でわたしたちの命もひとつの有となるのである。ひとつのよりよき有が与えられるように、人は喜んでみずからを死に渡し、死にゆかなければならないのである」と。
 私たちのこの地上の命は、そもそもどういうものなのだろうか。それはエックハルトによれば、「魂が純化されるため」なのである。そして、「魂が身体から離れれば、魂は知性も意志も持つことはない。魂は一なるものであり、そうすれば魂が神へと帰りゆくことを可能にする力を魂は見つけ出すこともできなくなるであろう」と彼は言う。知性も意志もない自分とは、どのようなものだろうか。それは、個性と感情を持つかも知れない。しかし、永遠の世界には、もはや成長というものはない。もしあるならそこは永遠の世界ではない。「永遠」とは、ただ時間がだらだらといつまでも続くということではない。そこには、もはや時間はないのである。そこでは、すべてが最終決定的に実現されている。そこで、私たちが成長しようと思うなら、この世界に生きているうちにそれを行わなければならない。永遠の世界においては、成長自体は大して価値のあるものではないばかりか、何の意味もない。そこでは、成長して行くあなたよりも、あなたの存在自体が問われるのである。だから、私たちは、この世界においても、もはや成長ということから目を転じて、自分の存在自体、すなわちエックハルトの言う「有」、つまり「神の内における死」というものに心を向ける必要がある。彼は言う、「命がひとつの有であるような命の明らかな原因の内へと命がもたらされないかぎり、命はけっして完全なものとなることはできない」と。そのとき、「魂は、ばらまかれ、運び出されたものを集めるために身体の内で純化されるのである。五感によって運び出されたものが、再び魂の内へと帰りくるとき、魂は一なる力を持つのである。・・・・・私たちが分けられたひとつの命から、一であるひとつの命の内へと入れるよう、神が私たちを助けてくださることを、愛する主である神に求めよう。そうなるよう神がわたしたちを助けてくださるように。アーメン」。

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