« 2009年5月11日 | トップページ | 2009年5月13日 »

2009/05/12

難解な文学作品

 私は、ヨブ記を新改訳聖書で読んでいたころは、その意味がまったく分からず、ヨブ記は奇妙な書であり、凡人には決して理解できないと思っていた。しかしこれを新共同訳で読んだら、なんとこれは、すばらしい文学作品でもあることが分かった。そして、それ以上に、それが実話であり、それがイエス・キリストの恵みを明確に啓示しており、聖書の神をすばらしく身近に感じることのできる書であることを知った。
 それにしても、新改訳の12節は、輪廻転生を言っているのではないのだとは思うのだが・・・。 まったく、何と言う狂想だろうか。

ヨブ記 第11章
-----------------------
(新改訳)
(11:2) ことば数が多ければ、言い返しがないであろうか。舌の人が義とされるのだろうか。
(11:3) あなたのおしゃべりは人を黙らせる。あなたはあざけるが、だれもあなたを恥じさせる者がない。
(11:4) あなたは言う。「私の主張は純粋だ。あなたの目にも、きよい。」と。
(11:5) ああ、神がもし語りかけ、あなたに向かってくちびるを開いてくださったなら、
(11:6) 神は知恵の奥義をあなたに告げ、すぐれた知性を倍にしてくださるものを。知れ。神はあなたのために、あなたの罪を忘れてくださることを。
(11:12) 無知な人間も賢くなり、野ろばの子も、人として生まれる。
-----------------------
(新共同訳)
(11:2) これだけまくし立てられては答えないわけにいくまい。口がうまければそれで正しいと認められるだろうか。
(11:3) あなたの無駄口が人々を黙らせるだろうか。嘲りの言葉を吐いて恥をかかずに済むだろうか。
(11:4) あなたは言う。「わたしの主張は正しい。あなたの目にもわたしは潔白なはずだ」と。
(11:5) しかし、神があなたに対して唇を開き何と言われるか聞きたいものだ。
(11:6) 神が隠しておられるその知恵をその二重の効果をあなたに示されたならあなたの罪の一部を見逃していてくださったとあなたにも分かるだろう。
(11:12) 生まれたときには人間もろばの子のようなものだ。しかし、愚かな者も賢くなれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「暗やみ」と「密雲」

 新改訳聖書は、『むしろ分かりにくいと思える表現や原意は、言い換えによってでなく、聖書全体を繰り返し読んで慣れることにより、また説教者や注解者が説き明かすことによって、理解が深められるべきであり、「ひとりぼっちで聖書を読むことは聖書的でない」』(、新改訳聖書刊行会HPより引用)という。
 そこで例えば「暗やみ」という言葉がどのように使われているかというと、下のように新改訳聖書では、無造作に使われており、聖書の各書簡の間の整合性を考慮していないように思われる。新共同訳では、これを言い換えによって、整合性と区別を確保しているように見える。どちらが良いのだろうか。
 私は、やはり様々な年齢層、読解力、生活状況等に置かれた読者を想定した場合には、原意を過度に尊重するよりは、むしろ適切な「言い換え」等を行うべきだと思う。そうでないと、毎朝のデボーションも一人ではできないことになってしまう。教会は、これにたいしてどのように信徒を指導すべきだろうか。新改訳聖書刊行会の指針では、信徒に一人ではデボーションをしてはいけないと言っているようなものであり、もしそれを可能にするためには、例えば「一人のときは新共同訳や口語訳を読み、教会に来るときには新改訳聖書を持ってきなさい」等と指導するしかないのではないだろうか。
 それにつけても、一番問題なのは、教会の説教において、はたして新改訳聖書刊行会が言っているようなレベルの解き明かしが行われ得るのかということである。

(新改訳)
-----------------------
出エジプト記
(20:21) そこで、民は遠く離れて立ち、モーセは神のおられる暗やみに近づいて行った。
申命記
(5:22) これらのことばを、主はあの山で、火と雲と暗やみの中から、あなたがたの全集会に、大きな声で告げられた。このほかのことは言われなかった。主はそれを二枚の石の板に書いて、私に授けられた。
列王記第一
(8:12) そのとき、ソロモンは言った。「主は、暗やみの中に住む、と仰せられました。
詩篇
(18:9) 主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下にして。
(82:5) 彼らは、知らない。また、悟らない。彼らは、暗やみの中を歩き回る。
ヨハネの福音書
(1:5) 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった
-----------------------------------------------------------------
(新共同訳)
-----------------------
出エジプト記
(20:21)民は遠く離れて立ち、モーセだけが神のおられる密雲に近づいて行った。
(5:22)主は、山で、火と雲と密雲の中から、力強い声をもってこれらの言葉を集まったあなたたちすべてに向かって告げ、それに何も加えられなかった。更に、それを二枚の石の板の上に書いてわたしに授けられた。
列王記上
(8:12)ソロモンはそのときこう言った。「主は、密雲の中にとどまる、と仰せになった。
詩篇
(18:10)主は天を傾けて降り密雲を足もとに従え
(82:5)彼らは知ろうとせず、理解せず闇の中を行き来する。地の基はことごとく揺らぐ。
ヨハネの福音書
(1:5)光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月11日 | トップページ | 2009年5月13日 »