« 2009年5月8日 | トップページ | 2009年5月11日 »

2009/05/10

畏れと恐れ

詩篇 第88章
-----------------------
(新改訳)
(13) しかし、主よ。この私は、あなたに叫んでいます。朝明けに、私の祈りはあなたのところに届きます。
(14) 主よ。なぜ、私のたましいを拒み、私に御顔を隠されるのですか。
(15) 私は若いころから悩み、そして死にひんしています。私はあなたの恐ろしさに耐えてきて、心が乱れています。
(16) あなたの燃える怒りが私の上を越え、あなたからの恐怖が私を滅ぼし尽くしました。
(17) これらが日夜、大水のように私を囲み、私を全く取り巻いてしまいました。
(18) あなたは私から愛する者や友を遠ざけてしまわれました。私の知人たちは暗い所にいます。
-----------------------
(新共同訳)
(14)主よ、わたしはあなたに叫びます。朝ごとに祈りは御前に向かいます。
(15)主よ、なぜわたしの魂を突き放しなぜ御顔をわたしに隠しておられるのですか。
(16)わたしは若い時から苦しんで来ました。今は、死を待ちます。あなたの怒りを身に負い、絶えようとしています。
(17)あなたの憤りがわたしを圧倒しあなたを恐れてわたしは滅びます。
(18)それは大水のように絶え間なくわたしの周りに渦巻きいっせいに襲いかかります。
(19)愛する者も友もあなたはわたしから遠ざけてしまわれました。今、わたしに親しいのは暗闇だけです。

 これは、もしかしたら私だけなのかもしれないが、上の新改訳の文章からは、慰めを得ることができない。これを読んでも喜びもない。しかし、下の新共同訳においては、心に慰めが与えられる。この詩人が、主に向かう姿勢、その信仰の姿勢が伝わってくるからである。そして、自分がまさにこの詩人のような状況にあるとき、この詩は、その人の慰めとなるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月8日 | トップページ | 2009年5月11日 »