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2009/04/12

説教4 死して有る生き方について

 もちろん私たちは、毎日を一生懸命に生きている。ときには朝早くから夜遅くまで、家族の生活費を稼ぐために、身をすり減らして働いている。そして、子供を育てて、曲がりなりにも一人前にし、そして最後に自分の老後のことを考える。そのようにして、多くの人は、短い一生を終わる。しかし、そのときその人の手に何が残るのか。何も残らない。まったく何も。彼は、人生を生きて、何かを知ったと言えるだろうか。生きれば生きるほど、辛いことも多く、知識を得れば得るほど、また悩みもやってくるものである。もし人生が、そのようなものだったとしたら、生まれて生きる価値はどこにあるのだろうか。それらのことは、たぶん、そのようにして何かを求めて人生を生きることは無意味だということを示しているのだろう。そうだとすれば、次に考えられる良いことは、何も得ようとしない生き方であるかもしれない。
 それが、エックハルトの提唱する「死して有る生き方」である。しかし、得ようとしても得られないものが、得ようとせずに得られるだろうか。しかし、それはすでに与えられているのである。どこに与えられているのか。それは、聖書の中にある。エックハルトは、そのように口に出してはいないが、彼のすべてのメッセージは、明らかにそれを前提しているのである。そこで、私たちに与えられているものは、神の御子である。この神の御子に命があり、その他にはどこにも命はない。そこで私たちは、まず自分が死んだ者であることを認めるところから出発する必要がある。そして、死んでいるのは私たちだけではない。この世界のすべてのものが死んでいるのである。私たちがこの世界を生きるとき、益となるものは、何もない。まったく何も。それゆえ、私たちは、もはやどのようなものにも興味を持たない。そのようにして、すべてが闇の中に包まれる。すべては、いまや輝きを失う。それまで、私たちを取り巻いていた万物の喧騒は、そのようにして終わる。すべてのものが沈黙し、固唾を呑んで見守る。これですべてが終わりなのか。最初から、すべては幻想であったのかと。
 しかし、約二千年前に、すべてを照らす真の光が世にきたのだ。その光が、いまやあなたを照らし始める。あなたの心を照らし始める。その光の中に命がある。すべては、このために生まれたのだ。この命は、人の光である。彼によって、すべてのものは生きる。そのようにして、すべては、この本質的な命から再び始まるのである。そのとき、すべてが再び取り戻される。あなたがこの光を受入れ、それ以外から出発することを断念したとき、その真の光があなたとあなたの住む世界のすべてを新しい光で照らし始めるのである。そのとき、あなたにすべてが明らかになる。この光だけが真理だったのである。最初からそうだったのだ。あなたが成すべきことは、この光を見出し、それを心に受入れ、その光の中を歩むことだったのである。そのようにしてあなたは、分けられた一つ一つの死すべき命から、全体としての一つの真に生きている命の内に入るのである。
 エックハルトは語る、「ある師は、魂は純化されるために身体に与えられていると言っている。魂が身体から離れれば、魂は知性も意思も持つことはない。魂は一なるものであり、そうすれば魂が神へと帰り行くことを可能にする力を魂は見つけ出すこともできなくなるであろう。魂は知性と意思とを、魂の働きの内に持つのではなく、魂の根としてのその根底において持つのである。魂は、ばらまかれ、運び出されたものを集めるために身体の内で純化されるのである。五感によって運び出されたものが、再び魂の内へと帰りくるとき、魂は一なる力を持つのである。その一なる力の内では、一切が一なるものとなるのである。第二に魂が純化されるのは諸々の徳を修練することによってである。つまり、魂がひとつに統一された一なる命の内へと上りゆくとき、純化されるのである。魂が、分割された一つの命によって純化され、ひとつに統合された一なる命の内へと入りゆくということのうちに魂の純粋さの理由がある。魂が、いかなる対立も存在しないような一なる命の内へと上りゆくとき、低き事物において分けられているすべてのものがひとつとなるのである。魂が知性の光の内へと入ると、魂は対立については何も知ることがなくなる。この光からはずれるものは死すべき運命に陥り、そして死にゆく。第三に魂の純粋性は、魂が何に対しても心を傾けることがないというところに存する。何か他のあるものに心を傾けるものは、死にゆくものであり、変わることのないものでありつづけることはできない。私たちが分けられたひとつの命から、一であるひとつの命の内へと入れるよう、神が私たちを助けてくださることを、愛する主である神に求めよう。そうなるよう神がわたしたちを助けてくださるように。アーメン」

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