« 2009年4月1日 | トップページ | 2009年4月6日 »

2009/04/03

第16章 集会を指導する

 「集会を指導する」などと言うと、私たち平信徒には、関係ないことのように思えるが、実はこの著書「聖霊の賜物を受ける」の著者であるビル・サブリツキーも平信徒であるところの信徒伝道者である。その彼に、集会を指導する権威を与えておられるのはキリストである。そして、聖書には、「平信徒が集会を指導してはならない」とは書かれていない。私たちは、このことに虚栄心や差し出がましい心からではなく、ただ主イエスへの従順の心から対処する必要がある。すなわち、もし主イエスが聖霊によって、あなたに「これこれの権威を授けるから、それをしなさい」と言われたなら、「主よ、私は平信徒ですからそれはできません」と答えるのではなく、「はい主よ、あなたが助けてくださるなら、私は喜んでそれをしましょう」と答えるべきである。
 それにはまず、主イエスと親密な関係に入らなければならない。あなた自身の思いと主イエスから来る思いをはっきりと区別することができるために。そのときあなたは、羊飼いの声を聞き分ける1匹の羊となる。羊は、決して賢いものではない。彼自身は、むしろ役に立たない愚か者である。それが羊の持つ性質である。彼は、この世に賢く対応するのではなく、ただみことばに自らを埋没する。みことばの中に沈み込みながら、彼を立ち上がらせてくれる力が上から注がれるのを待ち続けるのである。往々にして、私たちは、狼に蹴散らされるだらしない羊しか思い浮かべることをしない。しかし、キリストの声を聞き分ける羊には、そのようなことはない。キリストもご自身を小羊になぞらえておられる。神にあっては、従順こそが大いなる力であり、それに達するには、まず聞くということが成される必要がある。そしてその後彼に、上からの油が注がれる。その油が彼の内に聖なる意志を生成する。それは、神が彼の内に生み出される彼の意志である。ちょうど神が彼を創造されたように。そして、この聖なる意志だけがあなたに集会を指導させることができるのである。
 この聖なる意志をいただくためにあなたが成すべきことは、まず神を待ち望むこと、そして神の言葉がきたらそれを聞くこと、最後にその言葉の通りに寸分違わずに自分の心を変革することである。そのようにして、あなたは神の御業に役立つ主イエスの僕となるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年4月1日 | トップページ | 2009年4月6日 »