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2009/03/12

第9章 信仰の賜物

 聖書には、「信じる人には、次のようなしるしが伴う」と書かれている。
 信じることは、易しく、そして同時に難しい。しかし、もし信じることができたら、聖書に書かれているたくさんの約束は、その人のものになる。神は、信じる者に、その信仰を通して恵みを与えられるからである。
 信じるということは、一つの神秘である。そもそもそれには、いかなる理由もないし、またどんな保証もない。それは、いわば純粋な意志である。信じることの責任や報いは、完全にその人自身にかかっている。そして、ここにいくつかの難点がある。
 まず、信仰は制御し難いものである。自分では信じたくても、様々な苦難や恐れが襲って来て、その人を信仰から引き離そうとするからである。しかし、まさにその困難の中でこそ信仰は養われるのであり、その場において、その人の信仰が試されるのである。その意味で信仰は、いつも真剣勝負である。しかし、ビル・サブリツキーは言う。「信仰は賜物です。それは神のみことばを完全に信じることによって与えられます。そのように信仰は聞くことから始まり、聞くことはキリストについてのみことばによるのです。それは規則正しくみことばを読み、それを完全に信じることを通して成長します」と。
 神は、私たちに難しいことを要求されているのではない。信仰は、私たちにとっては、ひとつの驚異であり、またそれが試されるたびに、ひとつの脅威であるのだが、神にあっては、信仰は、地道な日々の繰り返しにより、養われ、着実に成長して行くものなのである。そのために神は、みことばを私たちに与えられたのであり、それに日々親しみ、神の御旨を追い求める者の信仰の成長について、神は責任を持っていて下さるのである。私たちはもう一度、自分に与えられている神の恵みを確認し、それに対する自らの姿勢を各自問い直す必要があるだろう。
 すなわち、難しいことはなにもない。日々聖書を読み、祈り、神を賛美し、信仰を告白し続けるなら、天の父は、私たちの信仰を着実に成長させて下さると共に、私たちに特別な信仰が必要なときにも、速やかに天から信仰の賜物を下してくださるのである。

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