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2009/03/09

第7章 知恵の言葉

 知恵の言葉とは、「状況をいかに扱うかという神様よりの印象、考え、幻、また聖霊の直接聞こえる声であると私は信じています。」とビル・サブリツキーは言う。
 ある人が、聖霊の賜物をいただいているだけでは、彼は、鋭利な刃物をもっているようなものだ。それは、使い方を誤ると、人を傷つけ、彼自身をも破滅させる力を持っている。それを正しく用いることができるためには、神の知恵が与えられる必要がある。そして、私たちが自らを神様にささげると、神様は聖霊によって、私たちの思いの中に、印象として、また或る考えとして、それを与えて下さるのである。それは、いつも愛に結びついている。それゆえに、神様の知恵によって働く人は、恐れから解放されている。「愛は恐れを閉め出す」と書いてある通りである。
 この神様からの知恵により、その人は、聖霊の賜物をどのように用いるのかを知る。たとえばその賜物が、知識の言葉ならば、彼の思いの中に与えられたその言葉を、いつどのようにして、相手に伝えるべきかを悟るのである。それにより、その言葉を語られた人は、自分の隠されていた罪が暴かれたと思うのではなく、神の偉大な知恵に圧倒され、その深い哀れみの前に心砕かれ、悔い改めに導かれることになる。
 聖霊の賜物で働く人は、いつもある種の緊張感の中にある。それは、彼の中に働く衝動が、神から来たものかそれとも悪魔の誘惑から来たものかを神の知恵によって見分け、聖霊によって導かれることにより、彼が直面している霊的な戦いに勝利することなのである。その勝利は、どのようにしてもたらされるのか。それは、彼に与えられている知恵が、彼の口を通じて、言葉となって発せられることによる。それにより、戦いを仕掛けている隠れた霊的存在、すなわち悪の霊に裁きが宣告され、主イエスの勝利が現されるのであり、これが知恵の言葉という賜物なのである。

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