« 2009年2月27日 | トップページ | 2009年3月4日 »

2009/03/03

第3章 キリストの身体なる教会に自分の立場を発見する

 「神様の賜物を働かせ始めるには、私の心が一新される必要があり、そして何が良いことか、受け入れられ、完全になるとはどういうことか、神の御心とは何かを理解する必要があることが分かりました。神のみことばに忠実になることによってこのようになりました」とビル・サブリツキーは言う。前章において、「聖霊の賜物は、悔い改め無しにも与えられる」と言っていた彼が今度は、「聖霊の賜物を働かせるには、霊的に新しく生まれることが必要であり、それには、私たちの身体を生きた聖なる供え物として神様にささげることが必要である」と言うのである。
 このように、聖霊の賜物を受けることと、それを働かせることは、明確に区別されることなのである。神は、求める者に聖霊の賜物を下さるが、それを適切に管理できる人を求めておられるのである。それでは、聖霊の賜物を管理するとは、どのようなことであろうか。
 まず、当たり前の事ではあるが、聖霊の賜物を用いるのは、それを受けたその人である。そこで、賜物を適切に用いることができる為には、彼自身の行為が適切に保たれる必要がある。つまり、神の御心の実現のために賜物を用いる必要があるのである。というのは、聖霊の賜物がひとたび分け与えられた後は、その賜物はその人が自らの意志で、ある程度自由に用いることができるようにされるからである。それを正しく用いることが可能になる為には、彼が悪魔のどのような誘惑にも屈せず、仕掛けられてくるどのような巧妙な罠をも聖霊の助けによって見破り、それらを神の御言葉の剣によって打ち破ることができなくてはならない。そしてそれは、彼が自分の体を生きた聖なる捧げ物として神に捧げることによってのみ可能となるのである。
 そのようにして、その人は、キリストの身体なる教会に自分の立場を発見することになる。そして、そのようにして、彼はキリストの御体の一部となるのである。ビル・サブリツキーは言う、「キリストの身体の中に自分の場所を発見することは、絶対に必要なことです。私たちは孤立することはできません。イエス・キリストが主と崇められ、礼拝されている教会に出席することは、神様の賜物を働かす最も基本的な条件です。もし、私たちがそれぞれの地方のキリストにある信者の教会に属し、そのグループの権威の秩序に従えば、神様は私たちを豊かに祝福して下さいます。私たちは互いに励まし合わなければなりません。そのようにして、私たちが励ましを受けることができるキリストの身体の一部として加わる必要があります。私が霊の賜物を用い始めた時、『私たちはあなたがこの賜物をさらに用いるようにと励まします。』と地方教会の人々が言って下さり、とても励まされました。私は、そのようにして聖霊の賜物を用い始めたのです」と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年2月27日 | トップページ | 2009年3月4日 »