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2009/02/02

第9章 油注ぎ

 「油注ぎ」と言うと「聖霊の油注ぎ」のことを連想するかもしれない。しかしここでは、文字通りに液体の油を注ぐことも含まれている。というのは、それが聖書的ないやしの方法だからである。神はときに、そのように純粋な心でみことばに忠実に従う者を用いて栄光を現されるのである。
 しかしチャールズ・ハンターは、「聖霊に満たされた人がいやしを行う場合には、個人的には液体の油は必要ないと思う」と言う。神は、そのような者に聖霊を通じて御心を示し、いやしの業を直接行われるのである。つまり、いやしは、神と人の共同作業であり、そのために神は「病人に油を注ぐ」という手順を備えられた。しかし、聖霊に満たされた人に対しては、神は聖霊を通じて御心を示すことがお出来になるので、その場合には物理的な液体としての油を必ずしも用いられないかも知れず、むしろご栄光を更に善く現す形で、形式にこだわられずにきわめて自由に物事を運ばれるというのである。
 そこで私たちは、聖霊に満たされ、聖霊の油を注がれることを求めるべきである。聖霊の油は、物理的な液体の油と違い、ただいやしだけを行うのではない。それは、イスラエルの諸王が受けた任職の油のようなものであり、私たちを王のように権威ある者とする。主イエス・キリストが病をいやす権威を私たちに分け与えられるのである。それと共に主イエスは、悪しき霊を追い出す権威、罪の赦しを宣言する権威、神の言葉を語る権威を与えられる。チャールズ・ハンターは、伝道者であるフランシス・ハンターの夫であり、公認会計士であったが、ある夜の集会で聖霊の油を注がれ、1時間以上も神の言葉を力強く語り続けたのであった。

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