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2009/01/21

復讐を神に委ねる

ネヘミヤ記 第3章
 ネヘミヤの語ったビジョンは、ユダの人々の心を動かし、彼らは一致協力してエルサレムの城壁を再建し始めた。彼らを奮い立たせていたのは、自分たちの恥辱をぬぐい去ることであったが、それはまた、神の名誉のためでもあった。もちろん神は、ご自身の名誉を守るために私たちの力を借りる必要などないのであるが、彼らが彼らの神の名をもって呼ばれる限り、彼らの恥辱は、この地上において神の名誉を傷つけることになる。
 ホロニ人サンバラトとアンモン人のトビヤは、ユダの人々が城壁を再建していることを聞いて怒り、激しく憤慨した。彼らは、ユダの人々が建て直した城壁を嘲り、ひどい言葉で侮辱した。これに対して、ネヘミヤは、彼らに言い返したりせず、ただ天の神に、自分の悔しい心を打ち明けて言った、「私たちの神よ、お聞きください。このように辱めを受けているのです。彼らが投げつける侮辱が彼ら自身の上に降りかかり、捕らわれの身となって異国で辱めを受けるようにしてください。その悪を赦さず、その罪を御前から消し去らないでください」と。
 信仰者は、敵に対して自分で復讐する必要はない。代わりに我らの神が復讐される。そう考えてそう振る舞うことは、決して負け惜しみではないし、また相手に対する非情な行為でもない。神にすべてを任せ、神を最大限に畏れ、その意志に従う行為なのである。というのは、私たちの神は、哀れみ深い、愛なるお方だからであり、私たちは、それを知っていて、敵への復讐を神に委ねるのである。そして、私たちがそれで満足するのは、神がまた、正義なるお方であり、不正を決して赦さず、悪に必ず報いられるお方だからである。人間においては、今述べたこれらの愛と義は両立しないかもしれないが、神にあっては、その全能の前に、それらが完全に調和するのである。

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