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2009/01/20

神の言葉

ネヘミヤ記 第2章
 ネヘミヤは献酌官として、アルタクセルクセス王の前で暗い顔をすることはなかった。しかし王は、いつもと違うネヘミヤの雰囲気に気づき、その理由を彼に尋ねた。彼が恐る恐る事情を明かすと王はネヘミヤに、「何を望んでいるのか」と聞いた。そこでネヘミヤが神に祈ってから、王に自分の望みすなわち、町の再建のためにエルサレムに帰りたい旨を打ち明けると、王は王妃と共に、「旅にはどれほどの時を要するのか。いつ帰れるのか」と尋ねたが、結局ネヘミヤの願いをかなえ、将校と騎兵を王の書状と共に遣わしてくれた。
 ここに記されているネヘミヤと王の会話は、私たちが今日の社会で組織に仕える姿勢について教えてくれる。ネヘミヤは王に言った、「王がとこしえに生き長らえられますように」、「もしも僕がお心に適い、王にお差支えがなければ、わたしをユダに、先祖の墓のある町にお遣わしください。町を再建したいのでございます」と。これが、この世界において、私たちが組織に仕えるときの態度なのである。
 むろん私たちは、組織においては、神を知らぬ者たちに仕えているのである。しかし、私たちの神は、真実で力あるこの世界の創造主なのである。だから私たちは、この神の守りと導きにより、世の人に心から仕えることができる。そのこと自体が、この世の権力に屈服することではない。ネヘミヤが仕えていたペルシャ王は、天の神により立てられていた。そのように、いま私たちの仕えている権威も、神によって立てられているのである。「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。(ローマ13:1)」と書いてある通りである。そして、私たちがそれを理解して彼らに仕えるなら、そのとき、私たちを通して、神の大いなる知恵と愛が燦然と輝き出で、彼らは天の神をあがめるようになるのだ。
 しかしまた一方で、この世界を神の国に変革するための仕事は、私たちの手に委ねられている。私たちは、天の軍隊なのであり、勝利を得るためには、自分たちの持てる力を駆使して戦わなければならないのである。ネヘミヤは、夜に数人の者を連れて、エルサレムの城壁の調査に出かけた。彼はそこで、初めて現実に直面した。無惨に崩れ、焼け落ちている城壁と城門が彼の前に姿を現した。しかし彼は、そこでかつてのようにくずおれて泣いたりはしなかった。彼に示された神のご計画が彼を強め、その使命遂行に向けて彼を奮い立たせたからである。かくしてネヘミヤは、坦々と城壁の調査を終え、ユダの人々に提案して言った、「ご覧の通り、私たちは不幸の中であえいでいる。エルサレムは荒廃し、城門は焼け落ちたままだ。エルサレムの城壁を再建しようではないか。そうすれば、もう恥ずかしいことはない」と。すると彼らは、「早速、建築にとりかかろう」と応じ、この良い企てに奮い立った。
 イスラエル民族の歴史を貫いて、一つの真理が存在している。それは、彼らが神の民であるという真理である。それゆえ彼らは、神の栄光を現すために必要なものを最初からすべて持っているのである。彼らに必要なものは、いつでもただ一つ、神の言葉なのであり、ネヘミヤが彼に示された神のご計画を語ったとき、彼らは奮い立ったのである。
 今日を生きる私たち神の民もこれと同様である。私たちは、キリスト・イエスにおける神の恵みゆえに、すべてのものを持っており、それを用いて神の栄光をこの世界に現すことができるのである。そこに必要なのは、信仰の兄弟を通して与えられる神の言葉の約束だけなのである。

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