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2009/01/09

勝利か敗北か

エズラ記 第6章
 総督タテナイとシェタル・ゼボナイが当時のペルシャ王ダレイオスに送った手紙により、過去の記録が調査され、キュロス王が神殿の再建を命じた詳細資料の存在が明らかになった。そこでダレイオス王は、総督タテナイとシェタル・ゼボナイに対して、神殿建築に対する妨害を直ちにやめ、返ってその成就のために協力することを書面で命じた。しかも、その経費を国費をもって負担すると共に、イスラエルの神に捧げる犠牲の動物等をも提供することが言い添えられた。
 そこで、妨害者であった総督タテナイとシェタル・ゼボナイは、ダレイオス王の言いつけ通りに、イスラエル人を支援したので、神殿はダレイオス王の第6年のアダルの月の23日に完成した。
 イスラエル人は、大いなる喜びをもって、神に犠牲を捧げ、神殿を奉献し、モーセの書に記された通りに、祭司とレビ人がエルサレムにおける神への奉仕のための任務に就いた。こうして彼らは、第1の月の14日に過越祭を行った。そして、すでに身を清めていた祭司とレビ人の助けにより、過腰の子羊をほふり、その食事に与った。
 ここで、もう一度確認しておこう。神殿再建の工事が20年間も遅れた原因は、何だったのか。それは、ひとえにイスラエルの民の怠慢だったのである。というのは、20年経って、状況がどう変わったのかというと、実は何も変わったものはないからである。日常的には、時と共に状況は悪化する。つまり、イスラエルの民が工事を中断したために、神殿の再建は好ましいことではないということが既成事実となり、ますますその状況から脱却しにくくなって行ってしまったのである。
 もし彼らが、最初に妨害を受けたときに、この神殿建築がキュロス王の指示であることを公に示すことができていたなら。そのことは、全国に布告されていたのだから。しかし、イスラエル人の関心は、実は別のところにあったのだった。たぶん彼らは、自分たちの故郷へ帰って来られたことを喜び、そのことだけでもう頭が一杯だったのだろう。そして、その喜びを捧げものや礼拝として表現したが、それは実は自分たちのためだったのである。私たちも日常生活のなかで、神を賛美し礼拝するが、往々にしてそれが実は自分たちの幸福のためでもあることが多い。つまり、神のためになることと自分たちのためになることが、一致することが理想なのであり、そのことを最優先に求めることが美徳とされているのである。しかし、よく考えてみると、そういう人は、実は自分の幸福追求のついでに神のことを行っているにすぎないことが分かってきたりする。そこで、はっきりさせておきたいことは、神のことと人のこととは、両立しないということである。というのは、これは慈善好意ではなくて、戦いなのだから。戦いにおいては、どちらが正しということはない。どちらかが勝ち、どちらかが負けるのであり、宣教とは、そういうものなのである。

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