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2008/12/31

神の安息

歴代誌下 第36章
 ヨシヤの死後、人々はその子ヨアハズをユダの王とした。ヨアハズは、父ヨシヤの後を継いで国を立て直そうとしたのだろう。しかしエジプトの王ネコは、一度獲得したユダへの覇権を手放さなかった。そして、ヨアハズを退位させ、代りにその兄弟エリヤキムをヨヤキムと改名させてユダの王とし、科料として多大な金銀を要求した。一方ヨアハズは、ネコに捕らえられてエジプトに連れて行かれてしまった。
 ヨアハズの代わりに王となったヨヤキムは、ネコの手先となって、国民に重税を課し、また偶像崇拝を蔓延させた。神は、ユダを裁くために、バビロンの王ねブカドネツァルを備えられ、エルサレムに攻め行かせられた。ヨヤキムは捕らえられ、青銅の足枷をはめられてバビロンに引いて行かれた。またネブカドネツァルは、主の神殿の祭具類もバビロンに持ち帰り、彼の宮殿に納めた。その後、ヨヤキムの子ヨヤキンがユダの王となったが、彼もまたネブカドネツァルにより、残った神殿の貴重な祭具類と共にバビロンに連れ去られた。
 神は、燃えるような怒りを表されながらも、まだユダを哀れんでおられるように思える。しかし、たとえ彼らが悔い改めて主に立ち帰ったとしても、もはや積み重ねられてきた神の怒りの火を消すことはできなかったろう。神は、義なるお方であり、ご自身を軽んじる者の罪を裁かずには置かれないからである。そこで、神が怒られているのは、これまでに犯されてきたイスラエル民族のすべての罪のためである。神が義である限り、たとえどのような償いが行われようと、それら過去の罪が裁かれずに済むということはないのである。もし神が、中途半端にイスラエルの罪を赦すということがあるならば、まさにそのことにより、神ご自身が義から脱落される。そして、そのように脱落した存在には、神の民イスラエルを祝福することは不可能である。神が創造された民イスラエルは、そのように聖なるものとして創造されたのである。しかし、アダムの離反により堕落した人間の罪は、この聖なる民イスラエルにも受け継がれた。そこで、イスラエル民族が生き続ける限り、そこに神の怒りが注がれ、また新たな罪が行われ、そしてその罪の悪循環は、決して終わることがないのであり、神は永遠にイスラエル民族を赦すことができないという状態に留まることになる。それゆえ、このとき神は、何よりも安息を求めておられた。自らの義のゆえに、イスラエルの罪を赦すことのおできにならない神にとって、そして、ご自身の民イスラエルを哀れみ、それを滅ぼし尽くすことを望まれない神にとって、唯一の道は、イスラエルから御顔を隠されることだったのである。そして、預言者エレミヤに賜った言葉の通りに、イスラエル民族はバビロンに捕囚として連れ去られ、その地はついに安息を取り戻した。しかし、それですべてが終わった訳ではなかった。神は預言者エレミヤに賜った言葉の通りに、70年の後に、再びご自身の民イスラエルを顧みられ、捕囚の地バビロンから、ご自身の民に与えられた約束の地にイスラエル民族を連れ戻すことを始められたのである。
 この果てしない生成と消滅、構築と破壊の繰り返しは、いったいなんだろう。アダム以来、何度イスラエルは神に背き、裁かれ、苦難の中で悔い改めて神に立ち返り、神の哀れみにより再び神の祝福を回復し、また罪を犯し、神に背き、・・ということを繰り返してきただろうか。それは、出エジプト記、士師記に記され、さらに列王記と歴代誌もに際限なく繰り返されてきた。そして、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記に記された神の民の復興もまた、その後のローマ帝国による征服と支配の前触れに過ぎないとしたら。しかしそうではない。これは、無意味な繰り返しではない。前論に書いたように、歴代誌において、神への礼拝は、この地上での一つの完成を見たのである。たとえそれが、イスラエル民族の罪により、無意味なものになってしまっていようとも。それは、天の雛形がこの地上に焦点を結び、イスラエル民族の長い歴史を通して、すばらしい体系として完成したのである。そしてそれは、条件さえ整えば、燦然とこの地上に輝き出て、その栄光を放つのであり、それをヨシヤ王が実証したのであった。
 そして神は、この歴代誌の後に、さらにもう一度ご自身の栄光をイスラエル民族の中に回復しようとされたのであり、預言者エレミヤは、そのことを預言したのである。それは、何のための復興なのか。おおそれは、今日を生きる私たちのためなのである。エズラ記に記されている城壁すなわち街の復興と、ネヘミヤ記に記されている民族の復興こそが、キリストの後の時代、すなわち終わりの時代としての現代における信仰復興(リバイバル)への天からの啓示なのである。

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人の罪

歴代誌下 第35章
 ヨシヤ王は、その治世第18年に、エルサレムにおいて主の過越祭を盛大に祝った。ヨシヤ王は民のために羊、小羊、子山羊を提供した。これらは皆、そこにいるすべての人の過越の生け贄のためであり、その数は三万匹、牛も三千頭に及んだ。これらは王の財産の中から提供された。高官たちも、民と祭司、レビ人のためにすすんで提供した。預言者サムエルの時代以来、イスラエルにおいてこのような過越祭が祝われたことはなく、ヨシヤが祭司、レビ人、そこに居合わせたすべてのユダとイスラエルの人々、およびエルサレムの住民と共に祝ったような過越祭を行った者は、イスラエルの歴代の王の中に一人もいなかった。
 ヨシヤが神殿を整えるために行ったこれらのすべての事の後、エジプトの王ネコがユーフラテス川の近くのカルケミシュを攻めようとして上ってきた。ヨシヤはこれを迎え撃つために出陣した。そして、結局ヨシヤは、エジプトの王ネコとの戦いに敗れて戦死してしまうのである。ユダとエルサレムのすべての人々がヨシヤの死を嘆いた。
 いったい何が起こったのだろう。神はなぜ、ヨシヤを戦死させられたのだろうか。しかし、神はかつてヨシヤに、「あなたは安らかに息を引き取って墓に葬られ、わたしがこの所とその住民にくだす災いのどれも、その目で見ることはない」と語られた。そして、それを実行されたのである。つまりバビロン捕囚の前に、神はヨシヤを御元に召されたのである。神は、エジプトの王ネコを急がせられた。それは、ユダとイスラエルの背信により、神の怒りがすでに激しく燃え上がっており、もはやそれを収めることはできなくなってしまっていたからである。神は言われた、「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う」と。
 ヨシヤの戦死により、イスラエルに起こった信仰復興は、一瞬の内に消失してしまった。本当は、ヨシヤのもたらした信仰と祭儀の復興が、その後も人々により、永く継続すべきであったのに、実際にはそうはならなかった。それゆえエレミヤは、ヨシヤ王の死を悼んで哀歌を作ったのである。男女のすべての歌い手がその哀歌によってヨシヤを語り伝えるようになった。信仰とは、いったい何だろう。アブラハムのような信仰者も、ダビデのような神に忠実な人も、その子供には影響を与えることがないとは。ヨシヤのような神に忠実な人が、国の中に大いなる信仰覚醒の偉業を成し遂げたとしても、その人が世を去ると、その教えは何事もなかったように忘れ去られ、神の祝福により栄えた都も一瞬にして朽ち果ててしまうとは。ちょうどエレミヤが、「栄光はことごとくおとめシオンを去り、その君候らは野の鹿となった」と嘆いたように。
 これがこの世界の繁栄であり、知恵であり、幸福なのである。イスラエルの栄光であるユダの歴史は、この歴代誌に綴られ、そこには、天地を造られた全能の神をこの地上の全存在を賭けて、どのように礼拝したかが記されている。神は、イスラエルをエジプトから導き出し、荒野で彼らに顕現し、聖なる幕屋の構造を啓示し、驚異的にもそれを現実の世界に具現化された。しかも何もない荒野の真っ只中において。ダビデは、それらを受け継ぎ、神に従う信仰と来るべき王の愛と誉れ、燃やし続けるともし火、絶えず捧げられる讃美等々、彼自身の生涯の中で神を礼拝し、おびただしい詩篇を詠んだ。ダビデの生涯こそは、神への礼拝そのものだったのである。それゆえ神は、ダビデをキリストの父と呼ばれるのである。そしてソロモンは、父ダビデの貯えた財産と資材を用いて、それまでのすべての蓄積を神殿という形で具現化した。イスラエルのこれまでのすべての信仰の遺産は、ソロモンにおいて、神殿と祭儀という形で、継続可能、永遠に持続可能なもの、サステーナブルなものに集大成されたのである。ここにおいて、ダビデが死んでも、ソロモンがこの世を去っても、神殿と祭儀が続く限り、イスラエルにおける全能の神への礼拝は、継続可能なものと成り得たのであり、神はそれを意図しておられたのである。ああしかし、それも所詮、空しいものであることが明らかになってしまった。私たちは、決して思い違いをしてはいけないのだが、それらは継続可能なように造られていたのである。そして、それは継続可能だったのである。神がそのように意図されていたのだから。そして、神は、それが可能だと思われたからそうされたのである。たとえアダム以来の罪が人の中に巣食っていようとも、それが可能なように神は意図されたのである。ああしかし、それでも、それでも人は、神を礼拝したがらなかった。人は、徹底的に神から離れて行こうとしたのであった。それゆえ、神の怒りが燃え上がり、もはや静めることが不可能となってしまったのである。かくして、ヨシヤが安らかに世を去り、その亡骸が諸王の墓に納められて後、イスラエルは、バビロン捕囚に向かって突き進んで行くのである。

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