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2008/08/25

罪の告白と主の晩餐

 罪は、今なおクリスチャンをさえ苦しめる忌むべきものである。しかしそれは、兄弟の聖い交わりには、ふさわしくなく、理論上はそこに存在する余地さえないものである。そこで、自分を敬虔な者と見る者は、この罪が自分の中にあるのを認めることをためらい、それを隠そうとする。そして、そうしている限り彼は、教会における主イエス・キリストの恵みから落ちており、孤独で孤立した存在である。しかし一方で、罪はまた、教会が取り扱う主要な事柄でもあり、教会はまた、罪を無力となす武器を備えている。それは、「罪の告白と赦し」である。これにより、私たちはむしろ自分の罪を抱えたまま、何の義務もなしに、主イエスの御元へ行くことを許される。否、神はあなたが悔い改めて、聖くなってから教会に来るのを待っておられるのではなく、今、罪あるその姿のままで、御元に来ることを喜ばれるのである。そして私たちは、御前にて自分の罪を告白し、赦しを受け、その結果として神の聖さに与ることを許される。罪の力が打ち砕かれ、主イエス・キリストと父なる神に栄光が帰されるのである。
 この罪を赦すことのできる、驚くべき権威を、キリストは、ご自身の御体なる教会に与えて下さった。そして、教会は、世の人の罪の告白に対して、その赦しと救いを宣言すると共に、また兄弟同士がその交わりの中で、互いの罪を告白して赦し合うことを勧めるのである。

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