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2008/08/08

仕えること:言葉をつつしむという奉仕

 「言葉をつつじむ」という一見消極的に見えることが、キリスト者の交わりにおいては、大いなる創造的な奉仕であり得るとボンヘッファーは言う。それは、自然的な人間が自然に集まって、自然な交わりを成すときに対比して言われているのである。そしてまた、「この舌を制する訓練が初めからなされているところでは、各人はみなすばらしい発見をする」と彼は言う。というのは、そのとき、神がご自身の方法で、兄弟を用いられるのを初めて私たちは見て、兄弟の上に輝く神の創造の栄光の富を認識するに至るからである。そのとき初めて私たちは、キリストがご自身の御体なる教会にご臨在されるとは、どういう意味であり、その前では、教会建設に対する私たち一人一人の努力は、それらが思い思いのものである限りは、ただただ空しいものでしかないことを実感するのである。

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