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2008/07/05

共にいる日:朝

 現代人は、一般的に夜更かしの傾向があり、若者の中には、昼夜が逆転しているように見える人もいるようだ。かく言う私も、12時を過ぎてから寝床に入ることが日常的である。そんな生活になれてしまっている現代人は、とくに若者も含めて、それが自由だと思い込んでいる帰来がある。そして、そのようなライフスタイルの根底には、結局これが多くの試行の後に行き着いたものであり、最適とまでは行かなくても、まあまあ理想的な生活のリズムであるとの暗黙の合意というか、共通意識のようなものがあるようである。
 しかし、ここでボンヘッファーが提示している清らかな生活は、いったい何だろうか。彼はまず、聖書における「一日」とそこにおける「朝」とは、本来どのようなものかを私に示す。それは、正に晴天の霹靂である。「ああ、朝とはそういうものだったのか!」。それが天国への入り口となった。私たちは、何度も朝を経験した。まどろむこともなく世のあけるのを何度見届けたことだろう。しかしそこには、もはや神秘的なものは何もなかった。しかし、彼ボンヘッファーが開いた扉の向こうには、まったく違う朝があった。そう!、それは「あった」のだ。かつてこの地上に生きた、神を知っている聖徒たちに見せたと同じ姿で、いま開かれた扉から、この腐りきった私の心の見入る眼に、惜しげもなくその姿を現したのだった。
 その朝は、聖書のみ言葉と共に、少しも色あせずに、いまも変わらずにそこにある。そして、神と真実に向き合おうとする人に、その朝への扉は、開かれるのだ。
 私たちは、何をおいてもまず、この朝を取り戻さなければならないだろう。それが、すべての祝福の始まりである。この朝によって一日を始める者は、すべてにおいて勝利を修めることができる。なぜなら、信仰の勇者の一日は、この朝から始まるのであり、それこそが天地創造以来変わらない、そして天地が存続する限り変わることのない勝利の法則であるからだ。

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