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2008/07/04

交わりの経験と信仰

 この卓越した著書「共に生きる生活」を「交わり」という本質的な主題をもって、それをキリスト者に賜った神への感謝と高らな賛美をもって始めたボンヘッファーが、今度はこの初章を驚くべき言葉により、締めくくるのである。すなわち「キリスト者の交わりの麗しい経験は、その生活の日ごとのパンに、恵みとして添えられている以上のものではない」と。また続けて、「神がわたしたちすべてに働きかけて下さったことをわたしたちは信仰において、神の最大の賜物として理解する。そのことは、わたしたちを喜ばせ、また祝福する。しかしそのことはまた、神が時としてそのような経験をわたしたちにお許しにならない時には、すべての経験を断念するようにもさせるのである」と。なんと麗しい言葉であろうか。
 すなわち「わたしたちは、信仰によって結ばれているのであって、経験によってではない」のである。ああ、このことを本当に理解することができたなら。それは、何を意味するだろうか。それは、私たちがこの世界にあって経験することが可能な、交わりのあらゆる祝福と幸福、たぶんその麗しい思い出まで含めて、それらすべてが信仰により、すでに実質的に、現実的に、私たちのものであり、また同時に経験でさえあるということである。
 この境地に至った者は、天国というものを、そしてそれをも包み込むところの神のすべての祝福を理解するであろう。ボンヘッファーは、獄中において、彼に特別に与えられた恵みの賜物によって、そのことを理解したのであった。

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